【書籍紹介】『弱くても勝てます』開成高校野球部のセオリー/高橋秀実著/新潮社/1365円(税込)
あの開成高校野球部のルポである。実は東大合格者数日本一の超名門進学校・開成は意外に勝つ。平成17年度には夏の甲子園の東東京予選で4回勝ってベスト16に、19年度にはベスト32に進出した。
他の運動部と共用のため、グラウンドを使えるのは週に1日だけで(他の日は体力作りなどの自主トレ)、試験期間とその直前1週間は部活動が禁止されている。「異常に下手」で、野手も球拾いもゴロをトンネルし、球は壁に当たって止まるという光景が頻繁に見られる。そんな進学校が勝つためには、きっと優秀な頭脳を生かした「ID野球」をやり、バントなどの小技を駆使するのだろう……。
だが、その想像は見事に裏切られる。平成11年から部を指導している東大出身の監督によれば、開成が目指すのは〈勢いにまかせて大量点を取るイニングをつくる。激しいパンチを食らわせてドサクサに紛れて勝っちゃう〉野球だ。弱いチームが確実性を追い求めても強いチームには絶対に勝てないので、ギャンブルを仕掛けるのだという。
そのため選手は思い切りバットを振ることを求められ、練習では巨木をプラスチックのバットで叩き、サッカーボールでティーバッティングをする。監督は試合中に「ドサクサ、ドサクサ!」と叫んで選手を叱咤する。サインプレーもない。その結果、開成野球は勝っても負けてもコールドゲームが多い。ずいぶんユニークだ。
その野球とは対照的に、著者の取材に対する選手の受け答えはやはり良くも悪くも理屈っぽく、「苦手と下手は違う」などと禅問答のようなことを言うのが可笑しい。もしかしたら監督は、そんな選手たちに「本能で生きよ」と教えているのかもしれない。
※SAPIO2012年12月号