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放射線防護の最適化 -現存被ばく状況での運用-

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はじめに

 東京電力福島第一原発事故以降、国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告が、日本はもとより国際的な放射線防護規制の基盤になっていることが広く知られるようになりました。
 その放射線防護の考え方は、1928年の最初の勧告以来、科学的知識と防護技術の進歩、また社会の動向を踏まえて変遷してきています。それも一因となって、ICRPの最近の考え方は、必ずしも皆さまに正しく理解されていないようです。そこで今回は、原発事故収束への対応が重要な課題となっている今、一層の理解を深める必要性があるこのテーマについて解説いたします。

「放射線防護の最適化」とは

 ICRPが2007年に出した勧告で特に重視しているのが、「防護の最適化」という考え方です。「これ以上放射線量が低ければ、確率的影響(がんや遺伝的影響)のリスクがない」という「しきい値」は存在せず、「どれだけ線量が低くてもその線量に応じたリスクが存在する」という考え方(LNTモデル(1))にもとづいて、合理的に可能な限り(ALARAと呼びます(2))被ばく線量を低減しようとするのが、「最適化」の考え方の原則です。
 ただし、ALARAには「経済的、社会的要因を考慮して」という条件がついています。つまり、できるだけ被ばく線量は低く抑えようと努力する一方で、低い被ばく線量をさらに最小化しようという努力が、その効果に対して不釣り合いに大きな費用や制約、犠牲を伴う場合には、よしとしないということです。

平常時での防護

 現在の福島の平常時(計画被ばく状況)では、線量限度(計画被ばく状況から個人が受ける、超えてはならない実効線量又は等価線量の値(3))を遵守するだけでなく、状況に応じて、さらにそれ以下の達成可能な限界値としての目標値を定めます。そして随時成果を評価し、さらに低い目標値を定め、可能な限り被ばくを少なくする努力をするのが「最適化」です。常に最善を尽くしたか、反省しながら繰り返し防護活動を実施しするという安全文化の醸成を目指しています。

「現存被ばく状況」での防護

 一方、事故などの非常事態が収束する過程で、被ばく線量が平常時の公衆の線量限度(1mSv/年)より高い状態が定着し、さらなる線量低減に長期間を要する状態を「現存被ばく状況」と呼びます。現存被ばく状況では線量限度を用いずに、公衆の防護活動の目安とする線量である「参考レベル」を用います。状況に応じて、年間1-20mSvの間で適切と判断される値を参考レベルとして定めて防護活動を実施します。
 防護活動では、対象となる集団のなかで、参考レベルを超える可能性のある人々の被ばくを優先的に軽減する努力をして、集団全体の平均被ばく線量を低減します。その都度成果を評価して、さらに低い参考レベルを設定してこの活動を繰り返すことにより、集団全員の被ばくが年間1mSv以下になれば、平常状態への回復が達成されたことになります【下図参照】。

現存被ばく状況における線量低減の考え方

 平常時の線量限度は、これを超えてはならない値ですが、「参考レベル」は、その値を超える人を優先的に減らす防護活動を実施するためのあくまで「目安線量」です。もちろん、安全と危険の境界を示すものでもありません。いわば、最適化の道具として用いる線量ということができます。

福島における放射線防護

 現存被ばく状況にある福島の現状に当てはめると、国・規制当局が定めた避難あるいは帰宅基準のもとで、帰宅を望む住民の帰宅を促す一方、放射線防護の最適化を実践して、参考レベルを目安として反復して防護活動を実施することが肝要です。それによって、一日も早くより安定した生活環境を整備することが望まれます。


  1. (1)linear non-threshold
  2. (2)as low as reasonably achievable
  3. (3)ICRP 2007年勧告 用語解説G9より引用

佐々木康人
前(独)放射線医学総合研究所 理事長
前国際放射線防護委員会(ICRP)主委員会委員
元原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)議長

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