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インタビュー

Predawn 『A Golden Wheel』





太陽が昇る前、世界に一瞬、息を止めたような静けさが訪れる。Predawn(夜明け前)というシンガー・ソングライターの音楽も、そんな穏やかな静けさに包まれているみたいな感覚をもたらす。そこから聴こえてくるのは、アコースティック・ギターの柔らかな爪弾きと朝靄のようにとろりとした歌声。彼女のファースト・アルバム『A Golden Wheel』は、「自然に出来た曲たちを、曲が生まれたときにあったイメージ通りの形にしたいと思って」作り上げた全10曲。制作は、〈ある音〉を探して伊豆まで出掛けたことから始まった。

「ずっと頭のなかに残っている音があったんです。ギターのリフにも使っているんですが、何の音か思い出せなくて。それでなんとなく海の音のような気がして港を歩いていたら、それが船に昇る可動階段の車輪の音だとわかったんです。“Breakwaters”という曲の冒頭で使っている〈キーキー〉という音がそれなんですけど、〈防波堤〉という意味の曲名にぴったりだと思って嬉しかったです。もちろん、その日は温泉に入って帰りました(笑)」。

この〈伊豆の音〉以外にも、アルバムにはいろんな音の欠片が散りばめられている。例えば“JPS”における、レコード・プレイヤーの針飛びする音。あるいは“A Song for Vectors”でのテープを逆回転させたようなノイズなど、奇妙な音のひとつひとつが曲に輝きを与えているが、なかでも今回活躍したのが〈魔法のヴァイナル〉だ。

「グロッケンシュピールやピアノのトラックをヴァイナルに彫って(録音して)もらったんです。そのレコードを歪ませたり、逆回転させたり、針を飛ばしてスクラッチ・ノイズを入れたりして録音した音が今回のアルバムのアクセントになっていて、それは自分でも気に入っています」。

一方、アコースティック・ギターの弾き語りを中心に、ピアノやメロディカ、コルネットなど、使われた楽器も多彩。そのすべてを彼女一人で演奏しているが、今回は初めてドラムにも挑戦した。

「ヘタクソなコルネットの音とか、“Tunnel Light”でガット・ギターの6弦だけを弓で弾いたベースの音とかは、なかなか雰囲気が出ていて気に入っています。ドラムは普通のリハスタで録って、それを後でミックスするという方法を取っているんですが、録音機材をバックパックで運ぶのが重くて憂鬱でした」。

レコーディングはこれまで通り自宅録音。自分で拾い集めた音、自分で弾いた楽器の音色、そして、自分の歌声を縫い合わせて手作りの歌が生まれた。

「ほとんどの音を家の二畳くらいの防音室で録っているんです。ごちゃごちゃしているけど、リラックス度合いで家に勝るところはないですから。ピアノは実家で録っているんですけど、時々インコが参戦してくるんですよ(笑)」。

中2のときにレディオヘッドを聴き、「ポップ・ミュージックのすごい可能性を目の当たりにして」音楽を作る決意をしたという彼女。そこから歌を巡る冒険は始まった。一見シンプルなようで、さりげなく実験的。そして息遣いが伝わってくるような、パーソナルな空気を大切にしたPredawnの歌は、繊細だけど芯は強い。ちなみにアルバムのタイトルは、童話作家・小川未明の短編「金の輪」から取られたもの。未明は彼女のお気に入りの作家だが、作品の魅力をこんなふうに語ってくれた。

「〈金の輪〉はびっくりするほど悲しい話なんですが、それ以上に彼岸と此岸を繋ぐもののような、読み手に希望のイメージを湧かせるものでもあって。そこが淡い抽象画みたいで好きなんです」。

淡い抽象画──それはPredawnの歌のイメージにも通じる気がする。絵画のような、童話のような歌が、ささやかなファンタジーを紡ぎ出していく。『A Golden Wheel』は、そんなアルバムだ。



PROFILE/Predawn


86年、新潟生まれ/東京育ちのシンガー・ソングライター、清水美和子によるソロ・プロジェクト。バンド活動を経て、2009年にPredawn名義で限定リリースした完全自主制作盤『10minutes with Predawn』が口コミで話題となる。同年にはEccy『Narcotic Perfumer』やandymori『andymori』などへゲスト・ヴォーカルとして参加し、〈フジロック〉〈ap bank fes〉にはこの年から2年連続で出演。2010年に初のミニ・アルバム『手のなかの鳥』を発表。〈SWEET LOVE SHOWER〉をはじめとした大型フェスや各種イヴェントへの招聘も増し、徐々に知名度を上げるなか、ファースト・アルバム『A Golden Wheel』(Pokhara/HIP LAND)を3月27日にリリースする。

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2013年03月20日 17:59

更新: 2013年03月20日 17:59

ソース: bounce 353号(2013年3月25日発行)

インタヴュー・文/村尾泰郎