あかね色に染まる夜明けの雲を「東雲」という。その古語を地名にしたのが、江東区の東雲である。昭和初期、湾岸の工業用地として誕生したこの新しい大地の朝焼けは、とりわけ美しかったのだろう。
東雲は、ここ十年ほどで高層マンションが立ち並ぶ海辺の都心住宅地へと様変わりし、人が暮らす街へと進化し続けている。その新しい東雲イメージの先駆けとなったのが、「東雲キャナルコートCODAN」である。日本の有名建築家たちが設計して話題になったこの革新的な賃貸マンション街は、特にアート志向の若者に人気が高く、東雲の都市景観を決定づけたといっていい。
その東雲に、今春、巨大なアートギャラリーが誕生した。それは、日本の現代アートシーンを変え、東雲の都市文化をさらにパワーアップさせるかもしれない。そんな期待をもって、話題のアートギャラリーを訪れてみた。
りんかい線・東雲駅近くの工場の2階に、現代アートギャラリー「トロット・ヒューリスティック・シノノメ(TOLOT heuristic SHINONOME)」はある。1階は、フォトブックサービス「TOLOT」の印刷工場だ。
さりげなくアートされた巨大鉄扉を通り抜け、1階から2階へ階段を上りきると、ワンフロア約400坪の大空間が目の前に飛び込んでくる。その迫力に一瞬息をのんでしまった。そこには8個の巨大な白い箱(ホワイトキューブ)が整然と並び、その余白空間にはガラスや鉄のオブジェがシンボリックに常設展示され、この大空間そのものがまさに現代アートである。企画展の展示空間や貸ギャラリーは、その巨大な白い箱に内蔵されている。
工場をリノベーションし、巨大なアートスペースに大変身させたデザインが実に興味深い。工場だった建築本体を巨大な器としてそのまま残し、そこに巨大な白い箱をただ静かに置く。そのために、白い箱自体を、また箱のガラス扉や天井を、限りなくシンプルに繊細にデザインしている。巨大と繊細、それがこの建築空間の本質だろう。
現代アートは楽しい。それは、まず芸術や美の既成概念そのものを疑うことを原点にし、現代に生きる私たちの心の奥底に潜む何かを浮き彫りにしようとする。つまり鑑賞者の感性や想像力を時には過激に触発し、鑑賞者を作者の創造行為に参加させていく。現代アートは、この世界の見方を変える楽しい知的な創造ゲームなのである。
いま、湾岸エリアには数多くのタワーマンションが建設途中にあり、現代文明の最先端都市がいまその姿を現そうとしている。この海辺の新しい都心には、「現代」を思い切り楽しもうという人たちが暮らすに違いない。
都心の海辺の都市文化は、いま夜が明けたばかりである。まさに東雲のときといっていい。東雲駅前の現代アートギャラリーの誕生は、そこに一条の光を射してくれたように思う。