ポートランドの都市再生の成功事例として挙げられるのが、都心部の北側に位置するパール地区(Pearl District)。以前は鉄道の操車場と倉庫街だった場所だ。車社会の到来で貨物輸送からトラック輸送にとって代わるのに応じて、見捨てられた都心部の空洞エリアとなっていた。
1980年代に使われなくなった倉庫が貸倉庫として活用されるようになり、次いでニューヨークなどのロフト文化を参考に、倉庫がロフト物件として活用されるようになった。すると、都心部近くに住居兼ギャラリーとなる広いスペースが低賃料で借りられることに着目した、若いアーティストたちが集まるようになる。
行政機関のひとつであるPDC(Portland Development Commission=ポートランド市開発局)もこのエリアに注目するようになり、民間デベロッパーのホイト社がPDCと組んで、鉄道会社から地区一帯の広大な土地を取得し、共同で開発したことで本格的な再開発が始まる。
具体的には、公共交通機関(ストリートカー)をパール地区まで延伸させて都心部への交通利便性を高めるとともに、建築条件を緩和するなどして、多様性のある街づくりを推進していく。古い倉庫などがレンガ造りの外観を活かしながら、ギャラリーやカフェ、ブティックなどにコンバージョンされる一方で、建築家がデザインした新築の複合ビルも建つなど、異なる事業者が異なるデザインの建物を提供し、個性的な街をつくり上げた。
パール地区の再開発の特徴を示すキーワードが「ミクストユーズ(mixed-use)」「ダイバーシティ」だ。住居やオフィス、商業施設を別々にゾーニングするのではなく混在させることで、多様な目的で訪れる人が行き交い、街が活気づく。ショップやギャラリー、カフェやレストランが建物の1階に店舗を構え、華やかな街並みをつくり出し、建物の上層階はオフィスや住宅などを混在させる。また、住宅についても、低中所得者から富裕層向けまで、古い倉庫を改修したロフトやアパートメントから高級高層コンドミニアムまでと多様性を持たせている。
冒頭の写真の「パウエルズ・ブックス」は、パール地区を代表する建物で、倉庫ほどの広さで蔵書の多さでも有名だが、同じ棚に新書と古書、ハードカバーとペーパーバックを並べるミクストユーズの書店としても知られている。
こうして若いクリエーターからエリート層、リタイア層まで多様性に富んだ居住者が移り住むようになり、独自のコミュニティが生まれる。毎月第一木曜日は、ギャラリーを夜遅くまで営業してイベントを催す「First Thursday Gallery Walk」が実施され、観光客も集めている。
ただし、近年はパール地区の賃料も高くなってしまい、若いクリエーターには「ノブヒル (Nob Hill)」や「アルバータストリート(Alberta Street)」といったポートランド市内の別の場所に人気があるという。
パール地区に古い建物が残されているが、これはパール地区に限ったことではない。日系二世のビル内藤氏が「古い建物を持たない街は、思い出を持たない人間と同じ」という思いから、取り壊そうとされる古い建物を買い取り、リノベーションするだけでなく、建物周辺の活性化も促す活動を続けた。
内藤氏が他界した1996年、都心部のウィラメット川沿いに走る旧フロントアベニュー(Front Avenue)を「Naito Parkway(内藤パークウェイ)」に改名し、ポートランド市議会は街づくりに貢献した内藤氏に敬意を表したという。
※シリーズ第3回は、ポートランドの賃貸事情について説明します。
○協力/日本賃貸住宅管理協会、ポートランド在住・谷田部勝氏
○参考資料/「グリーンネイバーフッド」吹田良平著 繊研新聞社発行、「ポートランド・ビジネス連合(PBA)の活動」フランクリン・D・キンブロー氏講演レポート