野口英世はストーカーだった!? 誰しもが加害者に成り得る"ストーカー病"とは

ストーカー病―歪んだ妄想の暴走は止まらない―
『ストーカー病―歪んだ妄想の暴走は止まらない―』
福井 裕輝
光文社
1,404円(税込)
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 千円札の顔としてもおなじみの偉人、野口英世。今年は、英世がアメリカから一時帰国した1915年から100年目。4月1日には、彼の生前の功績を伝える野口英世記念館もリニューアルオープンするなど、改めて注目されています。

 野口英世と言えば、貧農の家庭に生まれ、幼少の頃に囲炉裏に落ち、左手に火傷を負いながらも、苦学の末に細菌学者になった人物として知られています。しかし、その一方で、英世には、意外な一面がありました。

 精神科医・福井裕輝さんによる本書『ストーカー病―歪んだ妄想の暴走は止まらない―』によれば、実は、英世はある女性に"ストーカー行為"をしていたというのです。

 被害に遭ったのは、英世が20歳の時に出会った、6歳下の女学生・山内ヨネ子。通っていた教会でヨネ子に一目ぼれした英世は、思いの丈をつづった恋文を毎週のように送り付け、ヨネ子を困惑させます。周囲に諭されたこともあり、ラブレター攻撃はいったん中断しますが、上京した英世は、女医を目指して医術開業試験予備校に通っていたヨネ子と再会。ヨネ子の下宿先までたびたび押しかけたり、研究用の頭蓋骨を贈ったり、2人の名字を刻んだ指輪を贈ったり......こうした一方的で自己中心的な迷惑行為は、5年間にも及んだそうです。

 英世の生きた時代をストーカーという言葉が生まれる前まで、このような行為は、「変わり者」や「偏執的な人」扱いか、あるいは「痴情のもつれ」とみなされていました。しかし今では、ストーカー行為は法律で規制されているれっきとした犯罪。ストーカー行為の挙句、対象者の命を奪ってしまう凄惨な事件も相次いで発生しており、社会問題化しています。

 本書では、このようなストーカー加害者につきものの「激しい思い込み、愛憎の入り交った執拗さ、飛躍した衝動性」などの共通性を、「ストーカー病」と名付け、さらに「執着型・一方型・求愛型・破壊型」など4つのパターンに分類しています。

 執着型の一例が、2012年に神奈川県で発生した「逗子ストーカー殺人事件」。加害者は、元交際相手の被害者と復縁したいという気持ちから、被害者に1000通以上も嫌がらせメールを送り付けていました。やがてその執着は復讐へと代わり、ついに被害者を殺害し、その直後に加害者は被害者宅の2階で首吊り自殺するという、凄惨な結末を迎えました。

 同事件は、早い段階で逮捕していれば未然に防げたとして、警察側の対応に批判が集中し、厳罰化を求める声も上がった事件です。しかし福井さんは、加害者に自殺願望がある場合、厳罰化は抑止力に成り得ないと指摘し、適切な治療を行うことが、新たな被害者を生み出さないための有効な手段であると訴えます。

 そうは言っても、「加害者治療の前に、被害者支援をすべきではないか」と思う人も多いでしょう。ところが、事件の被害者遺族は、以下のように語っています。

「連続メールで犯人が逮捕されても、刑務所から出たら妻を狙っていただろう。生きるも地獄、死ぬも地獄。逃げきれない。加害者の更生や治療が大事だと思うに至った」(本書より)

「被害者を二度と出さないためには、加害者をなくすしかない。加害者対策が必要だということを、これから世の中に訴えていきたい」(本書より)

 福井さんは、これらの遺族の発言を受けて、「加害者を治療しない限り、被害者が救われることはない」と述べ、ストーカー加害者をひとくくりに「よくわからない危険な人たち」と、"モンスター"扱いして切り捨てるのではなく、治療が必要な"病人"であると捉え、ストーカー対策議論の俎上に載せることを提唱しています。

 本書の最後は、「今や、誰もがストーカー加害者となり得、被害者にもなり得る時代といえるのである」という言葉で結ばれています。ストーカー行為をはじめ犯罪加害者1000人以上の治療にあたってきた経験に基づき、福井さんが述べるこの言葉に、私たちは耳を傾けるべきなのかもしれません。

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