リビングやキッチンを共有し、割安な家賃で暮らすことができるのがシェアハウスのメリットのひとつ。そのシェアハウスを故郷の札幌で運営しようと考えた人物がいた。MASSIVE SAPPORO代表の川村健治さんがその人。しかし、ワンルームが2万円台から借りられる札幌で、シェアハウスはうまくいくのか。川村さんに話を聞いてみた。
東京の不動産会社で働いていた川村さんは、35歳で札幌に戻ろうと決めていた。
「31歳のとき上海で、10人の若者が4LDKで楽しそうに暮らすシェアハウスを見たんです。東京ではすでにシェアハウスが増えていましたが、私は札幌でやれないかと考えました」
帰国後、川村さんはタイプの違う2つのシェアハウスに入居体験をした。最初は都内の一戸建てに30人近くが暮らす、月3万2000円という格安なシェアハウス。専用スペースは2段ベッドの範囲だけ。
「安さを理由にそこで暮らしている人がほとんどで、入居者同士の交流もなく、気をつかってため息すらつけないんです。私にとって、楽しい場所ではありませんでした」
2つめはすべて個室で、家賃が7万円前後+管理費1万5000円のシェアハウス。都内でもワンルームが借りられる家賃を払って、シェアハウスに集う人たちはいろいろな個性や職業の人たちだった。
「さまざまな年代、職業の人がいました。普段は接点のない世界の人と出会え、仲良くなれることが刺激的でした。シェアハウスをやるなら、こんな“人との交流”を目的としたものがいい。安さを売りにするのはやめようと考えました」
川村さんは札幌でのシェアハウス運営に着手。Twitterで知り合った人の紹介で、2010年、中央区宮の森の中古マンション2室(3LDKと5LDK)を現金で購入した。
「翌年の3月に開業したシェアハウスの『BUIE宮の森』は10㎡台(約6畳)の部屋を3万2500円~3万7000円に設定しました。札幌市内なら1DKの物件も借りられる金額です。宮の森は札幌のなかでも『住んでみたい』と憧れを抱く人が多く、家賃の安さを重視する人は選ばないエリア。ここで、うまくいかなかったら、どこでやっても札幌でのシェアハウス運営はだめだろうと考えていました」
ところが、6月には満室、入居者による楽しいコミュニティが形成されるなど好調な滑り出しとなり、『BUIE宮の森』は札幌のシェアハウスの草分け的存在となった。
1件目のシェアハウスが好調にスタートを切り、その後、川村さんは築43年のビルを購入。地下にイベントスペース、屋上でバーベキュー、1階にカフェのある全国的にみてもあまりないタイプのシェアハウスをオープンさせた。
ほかにも、雑貨店とコラボしたシェアハウスや、川村さんが入居者募集と運営のみを行うシェアハウスなど、それぞれに個性の違うシェアハウスを次々とオープンさせ、どこも高い入居率となっている。
安さではなく、人との出会いや交流など、シェアハウスの付加価値に共感する人たちがいたことで、札幌でのシェアハウス運営は広がっている。しかし、だからといって誰でも成功させられるわけではない。川村さんは、自身がシェアハウス運営を札幌で可能にした理由をいくつかあげてくれた。
まず、東京時代にマンションの販売や企画、用地取得、ビル運営、ブランディングなど不動産にかかわる幅広い経験を積んでいたこと。特徴の違うシェアハウスで暮らしたことで、入居者の気持ちやトラブル対処法が分かるようになっていたこと。また、貯蓄があったことで1件目は融資を受けずに開業できたことなどだ。
「札幌での人脈の少なさはTwitterやFacebookで多くの人たちと交流するなかでカバー。SNSを通して、シェアハウスを盛り上げていこうという多くの同志にも出会えました」
今、川村さんはシェアハウスを一生の仕事にしようと考えている。
「きっかけは2011年の東日本大震災です。『BUIE宮の森』を開業した後でしたが、まだ東京の2件目のシェアハウスで暮らしていました。あの日、余震が続くなか、シェアハウスのみんながリビングに集まり、結束力が高まったのを感じました。もともと長屋文化のあった日本では、人々はこんな環境を求めている。シェアハウスが一般的になる日が、近い将来必ず来ると信じています」