Googleが構築するスカイサット衛星システムの恐ろしすぎる未来、誰もが考えておくべき可能性と危険性とは

Skybox

Googleは6月10日、スカイサット衛星を開発・運用する衛星画像ベンチャーのSkybox Imaging社を5億ドルで買収すると発表した。これにより、Googleマップの衛星画像が、より短期間で更新されるようになる見込みだ。

そうすると、次のような光景が現実化してしまうかもしれない。

「タケシ、夕方の店番をサボってどこをほっつき歩いてたんだい!!? Googleマップで見たら裏の自転車が見当たらなかったよ!!」
息子「ごめーん、かあちゃーん」

数時間おきに更新される衛星画像によって、誰がどこにいるのか(いないのか)を知ることも決して不可能ではない時代が、すぐ目の前まで迫ってきている。プライバシー侵害の危険性を考慮しなければならないが、ありうる未来の1シーンだ。

しかし、Skybox買収によってGoogleの衛星システム構築が進行し、Googleマップ強化に活かされるという分かりやすい話題に注目しすぎると、この買収の本質を見失うことになるだろう。衛星を手に入れたGoogleが築く未来は、どのような可能性に溢れ、どれほどの危険性をはらんでいるのだろうか。

Skyboxができること

Skybox Dan Berkenstock

「私たちは日常の経済情勢に対する理解を根本的に変えてしまうだろう」と、Skyboxの共同創業者Dan Berkenstock氏はWall Street Journalに語るとともに「毎週、フォックスコン(台湾・鴻海グループ)を見ている」と述べた。なぜなら、フォックスコンの工場では、iPhoneが製造されており、工場付近を行き交うトラックの密度を調べることで新型iPhoneの発売を知ることができるからだ。

これは誰にでも分かりやすい一例に過ぎない。他にも、Skyboxができることはいくらでもある。

例えば、某国における原油の備蓄量を画像データから推測することも可能だ。

Skybox

原油貯蔵タンクの高さと内部の影の長さを知ることができるので、あとは画像撮影時の太陽高度が分かれば高校数学の理解で原油貯蔵量を計算できる。

Skybox

貯蔵タンクだけでなく、油田の採掘状況も把握できるだろう。もちろん、原油の価格は政治状況に大きく左右されるものではあるが、市場価格の推移を予想するためのデータとしての価値は大きい。

経済に影響する画像データは数多い。小麦などの生産状況を観測すれば穀物市場の動向を推測できるし、スーパーマーケットの駐車場を調べ駐車している自動車の数を知ることができれば売上高を推定することもできる。ヨーロッパのガスパイプラインを監視することで、エネルギー価格の変動情報もいち早く入手可能だろう。

Skyboxは、単なる高画質の衛星画像を提供するベンチャー企業ではない。画像や動画から取得できるデータを分析することを売りにしていた企業なのだ。

Googleは何を成し遂げるのか

買収の結果、何が起きるか。

今、地上で起こっている現象を可能な限り把握する

ここで、Googleが掲げる使命を思い出してみよう。「Google の使命は、世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにすることです」だ。

ラリー・ペイジ&セルゲイ・ブリン

Skyboxの衛星で取得した情報をどの程度の頻度と解像度で一般に無料提供するのかは明らかではないが、もしGoogleが使命に忠実ならば相当のレベルで情報を整理し、公開していくことになるだろう。

そして、何より素晴らしく空恐ろしいことが、従来から磨き上げてきたGoogleの情報を収集・整理・統合する能力とリアルタイムに近い衛星画像情報とが統合された場合に生み出される"何か"だ。

Googleはインフルエンザの発生予測ができる、という話を聞いたことがあるかもしれない。Googleで検索されるキーワードとユーザー数、検索した位置情報などをデータ解析すれば、伝染病の発生状況をかなりの精度で予測することができるからだ。

もちろん、収集しているデータは、検索された情報だけではない。およそWeb上でインデックス可能な情報は漏らさず収集しているはず。今、リアルタイムで何が発生しているのか、人々は何を考えているのかということは、ツイートの収集などによって把握することができる(Google+も活用されているはずだ)。

その他にも、Googleが世界中で収集・整理している情報を挙げたらキリがない。Googleマップで、ユーザーの位置情報に基づく交通混雑状況を提供していることも、その一例だ。人々は、スマートフォンを通じてGoogleに位置情報を絶え間なくプレゼントしている。GoogleがAndroid OSを普及させる目的は、Googleが情報を可能な限り集めやすくするためだと断言しても過言ではない。

Skybox買収も、この流れの中に位置づけられる。そうすると、買収の狙いが、Googleマップのリアルタイム更新などという見栄えの良いところに設定されているはずがない。結果として、それは実現するだろう。だが、本当の狙いは「今、地上で起こっている現象を可能な限り把握すること」にあるはずだ。

現状で予測できること:防衛・災害救助・インターネットアクセスの向上など

Skyboxは、2018年までに人工衛星「スカイサット」24基を打ち上げるとしていた。そして、Googleによる買収によって、その計画はさらに早められ、拡大する可能性も出てきている。1日に数回、地球全体で地上の同一地点を撮影することができるようになるのが当初の計画だったが、さらに高頻度の観測と撮影ができるようになるかもしれない。

Skybox SkySat-1

スカイサットの基数次第では、数時間ごとの撮影ではなく、より短いサイクルでの撮影も理論上は不可能ではないだろう。また、今のところスカイサットの分解能は85cm(直下、パンクロマティック)だが、米政府が商業衛星の分解能の制限を50cmから25cmに引き下げたことで、さらなる高性能化の可能性もある。

そうすると、Googleは1私企業ではあるものの、遠くない将来、地球上で発生している現象をほとんどリアルタイムに認識し分析することができるようになる。スカイサットがGoogleの「宇宙からの目」になるのだ。スカイサットは光学衛星であるため撮影対象地点の天候に左右されるが、夜間や曇天でも撮影することができるレーダー衛星による衛星網構築もGoogleは当然視野に入れているだろう。

その結果、Googleはどのような能力を有することになるのだろうか。少し想像(妄想)するだけで目眩がしてきそうだ。

この点、科学ジャーナリストの松浦晋也氏は、以下のようにスカイサット衛星網を防衛・災害救助において活用する例を示している。

間違いなく市場には高撮影頻度への高いニーズが存在する。現在、地球観測データ市場最大の顧客は、安全保障に関する情報を求める国家機関だ。紛争地域の状況監視にせよ、相手国船舶の出港入港状況にせよ、日本だったなら北朝鮮のミサイル発射準備状況の監視にせよ、いずれも高頻度の撮影が望ましい。
また、大規模災害の被災状況把握でも、高頻度撮影能力は必須である。災害が発生したが、衛星からの次の撮影チャンスが数日後というのでは助かる命も助からないからだ。いつでも、撮影のニーズが発生したら、可能な限り短時間で撮像を終了してデータを送付、さらに刻一刻と変化する現場状況を連続して短い時間間隔で撮像し続ける必要がある。
(中略)
これは極端な言い方をすれば、グーグルのような多国籍巨大企業が、国家の命運をも支配するきっかけになるかも知れない。例えば、どこかの国境地域で緊張が高まった場合、グーグルは集中的にその地域の地球観測情報を高頻度で更新することにより、自らは手を下すことなく状況に介入することが可能になる。
グーグルマップが、数時間おきに更新される?:日経ビジネスオンライン

また、GoogleとSkyboxは、Googleマップの強化やインターネットアクセスの向上、災害救助、自動運転カーへのスカイサット利用を明言している。だが、それは当面のところのリップサービスでしかないのではないかと筆者は考えている。Googleが獲得することになる高精度かつ高頻度の情報は、松浦氏が指摘したように、まさしく「国家の命運をも支配するきっかけになる」可能性を秘めているからだ。

"何か"が起きる

冒頭で紹介したように、Skyboxは単に地上の画像を撮影するためだけのベンチャー企業ではなかった。原油の採掘量・備蓄量や農業生産、森林伐採の状況、工場からの製品出荷状況などの多種多様なデータをスカイサットによって取得し、分析することができる。このように撮影したデータを分析することこそが、事業モデルの根幹を成していた。

これらの分析が、世界中の国家・企業にとってどれほどの価値を有するものなのかは、考えるまでもないだろう。Wall Street Journalが今回の買収費用を「たった5億ドル」と評するのも頷ける。Googleに吸収される前から、その未来は明るかった、少なくとも彼らSkyboxにとっては。

実際、Skyboxの社員は「この会社は、いつか不当なほどに利益を生むヘッジファンドになるかもしれない」と語っている。仮にGoogleが保有することになるデータをGoogle自身が利用すれば、金融市場で不当なほどの利益を生むことも可能となるだろう。

Skybox SkyNode

しかし、本当に興味深いのは、それらのデータをGoogleの能力と掛けあわせたときに、およそ常人では想像が及ばない"何か"が生み出されるだろうということだ。Google自らがデータを利用するケースも想定できるし、GoogleがAPIを通して各企業にデータを提供することで面白いサービスが出てくるかもしれない。

インターネットの起源となったARPAnetは、アメリカ国防省といくつかの大学などが主導したパケット通信ネットワークに過ぎなかった。しかし、そのネットワークは1980年代に営利目的に利用されるようになり、インターネットの商業化は莫大な情報と富を生み出すに至った。GPSも同様に、元々は軍事用のシステムだったが、民間に開放されることで一般ユーザーにさまざまな恩恵をもたらしている。

豊富な資金を持つGoogleが衛星網を構築することで、インターネットやGPSで起きたことに似た"何か"が生まれてくるだろう。Googleの衛星網保有によって、短期的にどのような状況がもたらされるのかを想像することはできる。また、当面のところは堅実に画像データの販売で収益を上げるのだろう。だが、中長期的に見て、筆者のような凡人は、想像力の先を行く"何か"に期待し、そして不安を抱かざるを得ない。買収の結果、数年以内にはGoogleとSkyboxが言明している構想が実現していくだろうが、20年後、30年後に結実している"何か"については、現時点では、ほとんど誰にも具体的に想像できないだろう。

Skybox買収によって、Googleが掲げる"Don't be evil. - 邪悪になるな。"というスローガンが、ずっしりと重みを増したように感じる。この先Googleは、いったい何を成し遂げるのだろうか。