数年前に出版された『FLAT HOUSE LIFE』は、戦前の古民家や、庶民の憧れ文化住宅、アメリカの文化香る米軍ハウスなどをおさめた平屋コレクション本。帯に語られている言葉通りに「古い家好きにはたまらない永久保存版」の一冊であった。この本の発売をきっかけに、一部ではじわじわと盛り上がりを見せるフラットハウス。その著者であるアラタ・クールハンドさんが、現在、福岡に暮らしているという話を聞きつけ、フラットハウスについて伺ってきた。
フラットハウスとは何か。ずばり”平屋”のことである。「なぁーんだ平屋か」と思う方もいるかもしれないが、ちょっとまわりを見渡して欲しい。改めて探してみると街のなかで平屋を見かける機会は実に少ない。地域によっては密集しているところもあるが、新興住宅などでは希少価値の高い物件なのである。
そこには、フラットハウスの成り立ちが影響している。「戦後すぐの日本には土地はたくさんあるけれど、家をつくる材料がなかったそう。そこで、材が少なく建てられる平屋が重宝されてきた。材の不足は杉を植えても追いつかず、遂には海外から安い材を輸入するようになった。そして、時代はベビーブームへ。人も、モノも増えてきたことで、平屋から2階建てが主流になってきた」とアラタさんは考証する。
事実、昭和40年代前半までに平屋の建築が集中しているそうだ。フラットハウスの中でも、アーティスト系に人気の高い米軍ハウス。その米軍ハウスが誕生したのも、戦後のこの時代だ。
フリークというだけでなく、自ら東京そして福岡のフラットハウスを今もカスタマイズしながら暮らしているアラタさんがそもそも平屋にハマったきっかけは?
「会社員時代には、都内のワンルームマンションで暮らしていました。その後、フリーのイラストレーターに転身。そのまま自宅マンションに篭って仕事をする時間が長くなると不調を感じることが増えてきた。そこで、会社員でもないんだから物件ありきで引越してみようと一念発起。とはいえ、より広いマンションに引越したいわけではなかった。そんな時に出会ったのが1軒目に暮らした平屋だったんです」
その後、段々と体調を戻して暮らし向きが好転したアラタさんにとっては、平屋は恩人ならぬ「恩屋」的な存在になったのだそうだ。その後は、平屋ばかりを選んで引越して暮らしている。
しかし、平屋を探すのはそれほど容易なことではない。もともと物件も少なければ、一般の不動産賃貸に流通している数も少ないので、いい物件と出会うには何より足で稼ぐことが大切になる。とりわけアラタさんが好む「経年美化がほどよく、大きすぎず、まわりを囲まれていない見晴らしのよい平屋」となると至難の技だ。福岡の住まいも、知り合いから近くの米軍ハウスが売り出しになることを聞きつけ東京からわざわざ足を運んだところ、そのすぐそばで運命的な出会いをした物件なのだとか。
物件がみつかってからの道のりも面白い。「借りたいと思える物件に出会ったら勇気を出してご近所を訪ねてみる」ことも肝心なのだとか。オーナーが近くに住んでいることが多く、物件へ辿り着く可能性も大きいらしい。数件の平屋を移り住んできたアラタさんも、ほぼこの方法で物件に辿りついている。
暮らすのにもひと手間が必要だ。経年変化した物件は、床に、壁に、水まわりにカスタマイズが欠かせない。もちろん、手を加えることを条件にすれば家賃も交渉できるし、何より自分の好きにつくり込めるのが魅力だ。
そんな一筋縄じゃいかないフラットハウスの魅力とは?「ひとえに、ルックス」とニッコリ笑うアラタさん。とにかく外観をみたときにそのコンパクトさに可愛いと声をあげる友人多数なのだとか。確かに、2階建てとなると急に重厚感がでてくるが、平屋にはどこか同じ目線的な安心感がある。一戸建ての魅力である庭やアプローチも、平屋のコンパクトさによってより住まいの余白として際立ってみえるのであろう。
もうひとつ、垣根の低いフラットハウスでは、いい意味でお互いの生活が分かりやすくご近所付き合いも密になるのだとか。東京と福岡、2拠点生活をベースとするアラタさん。あまりに長く東京から戻ってこないとご近所の皆さんが心配していることもあるし、帰ってくるとまた地域に温かく迎えてくれるのだとか。ゆとりのある暮らしを求めているのならば、「駅から近い、仕事に通いやすいで選ぶのではなく、どんな物件に暮らすかも選択肢として必要」と語るアラタさん。今後もこよなく愛するフラットハウスをテーマにした出版を通して、その魅力を伝えていくようだ。