軽井沢や福井にも、東京の住まいと変わらずに衣服や生活に必要な食器・家具家電類を置き、「旅」と「暮らし」がシームレス。こうした多拠点生活をはじめるきっかけとなったのは、2011年の東日本大震災。東京一カ所集中ではなく、住むエリアを分散させ、リスクヘッジをしたいと思ったからだそうです。
「都内とは別にもう1拠点を構えるにあたり、たくさんの地域・物件を見ましたが、住まいの数も多く、車や新幹線でもアクセスしやすい軽井沢に落ち着きました。ヨソモノも受け入れてくれる風土だし、食事や買い物にも不自由がない。野菜は抜群に美味しい」と軽井沢で暮らす魅力を話します。
今でも多くの時間を過ごす東京の価値を、「人に会えること」だと分析しつつも、東京で過ごしていると「日々の仕事、できごとに押し流されている」と感じるのだとか。今では何もすることがなくても、軽井沢に行き、思考整理する場所、執筆に集中する「スイッチ」を入れているのだそう。
また、福井県にはもともと知り合いが多く、何回か遊びに行くうちに、越前町の陶芸工房でイラストレーターである妻の松尾たいこさんが、陶画作品(陶板に絵を描いたアート作品)をつくるようになったという経緯があり、拠点をおくことに。住まいは空き家だったため、家賃は1万8000円と格安。自然と行き着いた3拠点の暮らしは、佐々木さん自身、「今の自分にあっている」といいます。
佐々木俊尚さんは、もともと住まいは買うより「借りる派」。その理由はというと、「住まいには完璧がないから。そして一カ所にいると飽きるから。そもそも引越しが好きだし、変わった家に住みたいしね」と語ります。
続けて「自分をドラスティックに変えることはできないけど、住まいや環境を変えることはできる。人は少なからず、住む場所・街に影響を受ける。自分や周囲の状況にあわせて、いつでも環境を変えられる状態でいたい」といい、会社員時代も、その後、独立してからも、都内の住宅地をおおよそ2~3年で引越してきました。
例外は以前に住んでいた都内の5LDKで、居心地が良く7年も暮らしていたのだとか。ちなみに、軽井沢の住まいも実は2軒目で、一度、引越しを経験。その際は、既知の不動産会社の担当者から連絡があり、入居者を決めてから間取りなどを決めていく「カスタマイズ賃貸」を利用することに。
「夫婦ともに家で仕事をするのでそれぞれの仕事部屋と、寝室が必要だから、間取りは3LDK。犬を飼っているので床はカーペット貼り、ウッドデッキをつけてもらいました」。その結果、賃料はやや高くなったものの、断熱性や水抜きが不要になるなど(※)、ぐっと住みやすくなりました。では、家を所有することついて、興味はないのでしょうか。
※軽井沢では冬季氷点下10度まで冷えるため、水道管が凍らないように対応しなくてはいけない
「そもそも持ち家は、戦後の政策的な側面が大きい。昔“いつかはクラウン”っていうコピーがあったけれど、それに近いもの、憧れや信仰に近いものがあって、実は根拠がない。でも持ち家はコストの上で制約も大きい。一度、そのフレームを外して考えてもいいし、実際、フレームに収まらない人も増えているよね」
佐々木さんの言葉通り、最近の住まいのトレンドとして、複数の入居者がともに暮らす「シェアハウス」、極小でも快適に暮らす「タイニーハウス」、「地方へ移住するヒッピー」のような暮らし方、住まい方が注目を集めています。それでは、佐々木さんのような多拠点生活を送る人は、今後増えていくのでしょうか。
「以前、多拠点生活は特別な人にしかできない、限定的な暮らし方だったけれど、今は普通の人でもしやすくなっている。ハードルは下がっていると思います」といいます。佐々木さんの周囲には、経済的に余裕がなくとも、地方の空き家を複数の友人で借りて、自作でDIYをすることで、格安拠点を構えるといった暮らし方をしている知人もいるそう。佐々木さんが新生活をはじめる福井県のように、地方に増えている空き家を公共財ととらえ、人を呼び込む試みも始まっています。
「今は、住まい方についても、たくさんの人がいろんなことをやってみよう、と模索している過程なのかもしれません。多拠点居住もそのひとつ。実際にやってみたら住まいって1カ所でなくていいって気がついた。多拠点生活のナレッジが溜まってきたら、公開してシェアすれば、また新しい流れができる」と話します。
「住まいは1カ所でなくていい」。都市のよいところも、地方のよいところも同じように享受する暮らし。持たずにシンプルに、心地よく。多拠点生活のなかで佐々木さんが見出した「答え」は、これからジワリと広がっていく気がします。