落語「麻のれん」を一席。
按摩(あんま)の杢市(もくいち)は、目は見えないが意地っ張りな性格で、無類の酒好き。
今日も今日とて、ご贔屓(ひいき)の旦那の療治をした後、酒をご馳走するといわれて、腰を落ち着けた。つまみの枝豆と酒でほろ酔いの杢市は、旦那の勧めで泊めてもらうことに。
女中のお清が手を引いて寝所まで連れていくというのを断って、一人で寝所にたどりつく。夏のことなので新しい蚊帳を吊ってくれたと聞いて、蚊帳をくぐって寝床に入ったが、寝具はないしやたらと蚊に食われる。
たまらず翌朝に、旦那に蚊帳に穴が開いていたと文句を言った。ところが、部屋の入り口にかけてある、麻のれんと蚊帳の間、つまり蚊帳の外で寝ていたのをお清が見たという。麻のれんの長さが、床まで届くほどの長さだったので、麻の蚊帳の手触りと間違えたのだ。
しばらくして、今度は雷が鳴ったので再び泊めてもらうことになった杢市は、早々に蚊帳の中に入る。まずは麻のれんをくぐり、その次に蚊帳に入り、やれ安心と思ったものの、実はお清が気を利かせて麻のれんを外しておいたのだ。つまり、杢市は蚊帳を通り越して、また蚊帳の外に出てしまったとさ。
※落語は、入船亭扇辰師匠で聴いた「麻のれん」を基にあらすじをまとめている。
江戸の夏に「蚊帳」は必需品だった。
江戸に限らず少し前までは、蚊帳を吊る風習が見られた。筆者も幼いころ、田舎の祖母の家で夏休みを過ごすときには、離れの2階に蚊帳を吊ってもらった記憶がある。昭和を描いたアニメやドラマなどにも、登場することがある。アニメ映画『となりのトトロ』に主人公の子どもたちが蚊帳の中で寝るシーンが出てくるので、それを記憶している人もいるかもしれない。
とはいえ、最近の若者は蚊帳を知らないという人も多いだろう。
上の絵は、急に雨が降ってきたので、雨戸を閉めたり、蚊帳を吊ったりしている様子が描かれている。左端に蚊帳が見える。雨が降ってきたので蚊帳を吊るというのは、当時は蚊帳が雷除け(かみなりよけ)と考えられていて、蚊帳の中なら雷に当たらないと信じられていたから。
下の画像は全体像が分かりやすい。部屋の四隅に固定した留め具に、畳んであった蚊帳を掛けて広げて吊ると、このように寝所をすっぽり覆う。エアコンのない江戸時代には、風を通して涼を取るのでどうしても蚊が入ってくる。蚊帳の中に入って寝れば、蚊に食われずに済むというわけだ。
出入りするときは、一緒に蚊が入ってこないように、座って蚊帳の下を両手で持ってから、蚊帳を持ち上げて素早くクルリと反転して中に入り、すぐに蚊帳を下ろす。たしかそんな感じで出入りしていたと思う。
江戸では旧暦の4月~7月が夏なので、4月から蚊帳売りが江戸市中を回って売っていた。「蚊帳ぁ、萌黄(もえぎ)の蚊帳ぁ」という独特の掛け声で売り歩く行商人は、江戸に初夏を知らせる風物詩となっていた。蚊帳の販売最盛期は、6月~7月だ。
江戸時代には庶民にも普及したが、それでも蚊帳は高価だった。損料屋(そんりょうや)というレンタル店で蚊帳を借りたり、夏が終わると蚊帳を質に入れたりして、四季を過ごしていたようだ。
さて、蚊帳が使われることは今ではめったになくなったのだが、R不動産のtoolboxで「麻の蚊帳―魅惑の寝殿―」が販売されていて、新しい暮らし提案をしていることを発見した。蚊帳のメーカーも、一発で畳める蚊帳やキャンプで寝袋に載せるだけのドーム型の蚊帳など、多様な商品を開発していることも分かった。エコ生活に十分に活用できる「蚊帳の復活」もあるのかもしれない。