高知県中心部から車で約1時間、細い山道を奥へ奥へと進んでいくと、美しい棚田の風景が広がります。人口3000人あまりの人里離れた山奥にひっそりと、イケダハヤトさんの新しい住まいがありました。賃料は年間40万円、庭とロフト付きの1LDK。無垢材がふんだんに使われた山小屋風の一戸建てに、ひと目惚れだった、といいます。
「人づてにこの物件を紹介されて、見た途端にここに住むと決めました。晴れた日は本当に絶景です」という言葉通り、ウッドデッキの先に広がる田園風景は息をのむほどの美しさ。豊かな緑に囲まれると「ああ、東京で消耗しているのかもな」という思いが筆者の頭をかすめます。
「東京で消耗していたというのは、当時の自分の実体験だったんです。いつまでこの暮らしを続けるのか、このまま擦り切れていくのか。そんな思いがふっと頭をよぎったんです」と振り返ります。ちょうど妻が第一子を出産、都内のワンルームで子育て生活を送っていた時期でした。
「家賃6万円、家賃やアクセスなどの”消去法”で選んだ町。仮に子育てのために広い家に引越すにしても、家賃10〜12万円が必要になる。その価値は東京に本当にあるのかと、疑問に思ったんです」。そこで地方で生活したいと考え、夫婦で検討していた矢先に、出張で訪れた高知に移住を決意。引越してきて、生活の質が向上したことに驚いたといいます。
「家賃は同じでも広さは2倍、何より食べ物が美味しいし、安い。住居費という固定費を下げつつ、暮らしの満足度を高められる。僕の場合は、ブログのアクセスが増えたことにより収入も増えた。高知移住は大正解でした」と話します。
しかし、大満足という高知市内にはあきたらず、さらに奥地へ引越したのはなぜなのでしょうか。
「高知市にいる限り、結局は都市の価値観から脱しきれない。いうなれば、東京の呪縛から逃れられないんです。この山間の暮らしだと、お金がなくても生きていけるという人にたくさん出会える。欲しいものが手に入らないとなったときに、都会だと”買う”ですが、ここだと”つくる'”になる。この”つくる”価値観のなかで暮らしたかった」といいます。
放っておいた庭で採れたジャガイモを調理する、山でシカやイノシシを捕まえて来て食べる、そうした「少し不便だけれども、自分の手で切り拓き、つくる」という昔ながらの暮らしが、イケダハヤトさんには新鮮なカルチャーとして映ったようです。
「嶺北エリアは、想像ほど不便じゃありませんよ(笑)。スーパーや病院、保育所や小中高などの学校もあるし、東京から移住してきた人も多いから、おしゃれなカフェやパン屋さんもある」といい、家族が暮らすうえでの利便性も考慮しての決断だったそう。今の住まいに2〜3年ほど暮らし、その後は中古住宅、古民家など購入して、DIYをして住みたいと考えています。
「空き家&リノベ、いいですよね。古民家も興味があります。高知は独立自営というか、新しい試みをする人が多くて、家づくり教習所なんて企画をしている人も。僕もこれに通ってDIYをマスターしたいんですよ。今から楽しみで仕方ありません」といい、「持ち家」の欲も出てきたようです。しかし、いわゆる「豪邸」には興味がないのだそう。
「成功者の証としての、大きな家には興味がないし、僕から言わせると”カッコ悪い”。理想はミニマムでコンパクトな家。そして大きめの車を所有して、オフィスとして使う。娘が独立したら、キャンピングカーで旅して暮らすのもいいですね」といい、とことんシンプルな住まいが理想のようです。
ちなみに、イケダハヤトさんの今の夢は「温泉をつくること」だそう。
「嶺北地方にも温泉があったんですけど、潰れてしまったんです。地元のおばあちゃんとかが残念がっていて。温泉欲しいよねってよく言われるんです。だから、それを再開させたいんですよ」と表情は真剣そのもの。およその試算もし、1000万円くらいあれば温浴施設を再開できることが分かったとか。
「1000万円って大金に思えるけど、東京で家を買うなら4000万円とかかかるでしょ。東京に家を買うぐらいなら、温泉掘りたい! 35年住宅ローンを組むことを考えれば少額じゃないですか(笑)」と笑い飛ばします。また、地方には温泉施設だけでなく、空き家やテーマパークなど、現在、使用されていない建物が多く、もったいないと痛感しているそう。
「市場に出回っていないだけで、まだまだ活用できる資産、資源が地方には眠っている。東京に集まっている才能とこうした資源が出会う仕組みをつくっていきたいし、応援もしていきたいですね」と意欲的です。
自分が「大切にしたい価値観は何か」を問い、都会を離れる選択をしたイケダハヤトさん。「人生に絶対はないですが、よほどのことがない限り、東京には戻るつもりはありません」と断言します。都市のレールを離れて、荒野を自分の手で切り開く。イケダハヤトさんの住まい方、生き方は、成熟した時代の新しいモデルケースとなるのかもしれません。