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金井直子
2015年8月5日 (水)

人とつながる賃貸住宅「大森ロッヂ」の魅力

人とつながる賃貸住宅「大森ロッヂ」ってどんなところ?
写真撮影:SUUMOジャーナル編集部
築40〜50年の木造住宅を、その古さを活かして再生し、路地を介して緩やかに住人同士の暮らしがつながる場となっている点で、賃貸住宅界で注目を集めている「大森ロッヂ」。この、昭和の風情を色濃く残した住まいはどんなきっかけで誕生したのでしょうか。住人有志によって開催された夏祭りに参加して、その“昭和の趣”を味わいつつ、住人の皆さんや大家さんに思いを直撃してきました。

時を経た建物のみが持つ、ほっと落ち着く魅力

下町的な風情ある街並みの大森町。京急線・大森町駅から歩いて2分という駅に程近い路地を進むと、木塀と黒壁が連なる一角が出現します。懐かしい面影をまとう「大森ロッヂ」は、昭和30〜40年代に建てられた8棟の文化アパートを、2009年以降順次、リノベーションした賃貸住宅。今年(2015年)6月には、大森ロッヂで初めての新築長屋(店舗付き住宅)が完成し、現在は14世帯、計19人が暮らしています。

リノベーションといっても、水まわりの位置は変えず、ネジ式の鍵付き木製サッシなど、古くても使えるものは可能な限り活かしています。細かい間仕切りや天井を取り払って、隠れていた丸太の梁と屋根傾斜を現し、小さいながらも開放感あるつくりになっています。

住人の方にうかがうと、皆さん顔をほころばせながら暮らし心地を語ってくれます。
「建物自体の魅力にはまっています。古い平屋って、東京だとなかなか住めないですよね。木の梁や三角屋根のある空間は何だか落ち着きます。この家の雰囲気に影響されたのか、梅酒やお味噌を自分でつくるようになりました(笑)」(K.Oさん)
「仕事から帰ってくるとほっとします。おばあちゃんちにいるような心休まる家です」(M.Kさん)

とはいっても、古い木造住宅で気密性が高くないつくりだから、お互いの生活音やサッシの隙間風が気になったり、ほとんどの部屋にお風呂がなくシャワーのみだったりという不便さもあります(近くに銭湯あり)。
そうした不便さを気にせず、逆に不便さを楽しめる人ばかりが大森ロッヂには集まっているようです。

【画像1】(左)敷地内には花台や砂利道なども。浴衣でそぞろ歩くのが似合う。(右)緑が映える黒い縁台、花模様の磨りガラス、ガラガラ開け閉めする木のサッシなど、ノスタルジックな雰囲気(写真撮影:左/SUUMOジャーナル編集部、右/金井直子)

【画像1】(左)敷地内には花台や砂利道なども。浴衣でそぞろ歩くのが似合う。(右)緑が映える黒い縁台、花模様の磨りガラス、ガラガラ開け閉めする木のサッシなど、ノスタルジックな雰囲気(写真撮影:左/SUUMOジャーナル編集部、右/金井直子)


【画像2】(左)住人交流の場の一つである東屋。何人か集まってビール片手に夕涼みをすることもあるそう。(右)手押しポンプの井戸は昔の風景そのままに(左/写真撮影:金井直子、右/写真提供:大森ロッヂ)

【画像2】(左)住人交流の場の一つである東屋。何人か集まってビール片手に夕涼みをすることもあるそう。(右)手押しポンプの井戸は昔の風景そのままに(左/写真撮影:金井直子、右/写真提供:大森ロッヂ)


【画像3】(左)白い壁に濃い飴色に輝く柱や梁が印象的な室内。(右)キッチンというより「お台所」といった風情。流しが広い!(写真提供:大森ロッヂ)

【画像3】(左)白い壁に濃い飴色に輝く柱や梁が印象的な室内。(右)キッチンというより「お台所」といった風情。流しが広い!(写真提供:大森ロッヂ)


【画像4】(左)レトロ家具がよく似合う、和を感じさせるしつらえ。(右)店舗付き長屋の一つ、「たぐい食堂」は夏祭り当日にオープン(左/写真提供:大森ロッヂ、右/写真撮影:金井直子)

【画像4】(左)レトロ家具がよく似合う、和を感じさせるしつらえ。(右)店舗付き長屋の一つ、「たぐい食堂」は夏祭り当日にオープン(左/写真提供:大森ロッヂ、右/写真撮影:金井直子)

人と人とがつながる“心に垣根をつくらない家”

大森ロッヂのもう一つの大きな魅力は、住人同士が日々の暮らしの中で自然と交流できる場であること。
家々の境界はあえてゆるやかにつくられ、誰かが木戸を開ける音、魚を焼いているにおい、すりガラス越しに見える人の動く様子など、日々、人の気配を感じながら暮らせる安心感があります。

さらに、敷地内には住人が自由に使える3つの共有スペースがあり、何気ない日々の話や仕事の情報交換をしたり、ふと思い立って飲み会を行ったり、自主的にイベントを開催することもできるので、交流する機会は自然派生的に多くなっていきました。

マンションなどの集合住宅では、住人同士で挨拶はするものの、それ以上の関係にはなかなか発展しないというのが一般的ではないでしょうか。この大森ロッヂでは、そうした心の垣根が自然と取り払われ、“顔が見える暮らし“”住人同士のつながりを大切に思える暮らし”を送ることができるのです。

【画像5】お互いの家がゆるやかにつながる、顔の見える生活環境。家と共有スペースはそれぞれの特徴を示す名称を持ち、共有スペースの「ギャラリー」「はぐくむ広場」「かたらいの井戸端」があることで、住人の交流をより活性化させています(画像提供:大森ロッヂ)

【画像5】お互いの家がゆるやかにつながる、顔の見える生活環境。家と共有スペースはそれぞれの特徴を示す名称を持ち、共有スペースの「ギャラリー」「はぐくむ広場」「かたらいの井戸端」があることで、住人の交流をより活性化させています(画像提供:大森ロッヂ)

大森ロッヂで行われるイベントは、元々は大家である矢野一郎さんの声掛けで始まりました。
年に2回、冬の「お餅つきの会」と秋の「新酒を楽しむ会」(オーストリアワインと特製ピザ釜で焼いた手づくりピザを味わう)を開催していますが、そのうちに、住人の方が自主的にイベントを主催するようになり、現在では、2カ月に1回の頻度で何らかのお楽しみがあるそうです。

今回訪れた「大森ロッヂ夏祭り2015」もその一つ。2日間で住人、元住人、住人の友人、ご近所さんなど100人ほどが参加して盛会になったそう。それ以外は、住人兼管理人さんが声掛けをして住人主催で新入居者の歓迎会や退去者のお別れ会、蚤の市、七輪を囲む会などを開催するほか、有志が集まって小イベントを行うことがあるそうです。

決して参加が強制されるわけではなく、スタッフをやる・やらないのも自由という“ゆるさ”によって、数々のイベントを開催し続けられることにつながっています。身近な場所で身近な人と思い切り楽しめる機会を持てるのは、良い生活の張り合いや刺激になることでしょう。

こうした人と人とがつながる住まいについて、住人の方々はどう感じて暮らしているのかを伺ってみました。

「マンションだと住人数が多すぎますが、ここは20人程度だから皆さんの顔が分かるという安心感がありますね。生まれ育った場所ではご近所づきあいが活発な地域だったので、こうした付き合いはありがたいです」(Y.Kさん)

「入居前は人間関係が面倒かな、仲良くなれなかったらどうしようと思いましたが、この場所を気に入った人ばかりが集まっているので、気が合う人が多いですね」(M.Kさん)

「付き合いは強制ではなく、しがらみもないので自由さを感じます。イベントで住人やその友人と語り合えるので暮らしに刺激が生まれます」(M.Yさん)

「女性の1人暮らしでも安心。ルームシェアの家だと決まり事が多く煩わしい面もありますが、ここは自由に交流を楽しめますね。梅酒づくり仲間もいて情報交換して盛り上がっています」(K.Oさん)

「以前の住まいでは隣人とは挨拶程度でしたが、ここで暮らしていると隣人同士仲良くなれるのがすごくいいですね。住人同士、お互いの家で飲むことがありますが、すぐ帰れるのがとってもいいです。レトロな家だから防犯面には少し不安がありましたが、周りが顔見知りだから安心です」(S.Yさん)

「妻はクラフト作家としても活動しているのですが、住人の中には、鞄づくりをされている作家さんもいて、お互い刺激し合える友人関係になれていいなと感じますね」(Y.Kさん)

【画像6】(左)夏祭りのギャラリーで行われた蚤の市。住人出品の掘り出し物や、ハンドメイドのクラフト作品が並びます(右)手づくりのアロマタイル(写真撮影:左/金井直子、右/SUUMOジャーナル)。

【画像6】(左)夏祭りのギャラリーで行われた蚤の市。住人出品の掘り出し物や、ハンドメイドのクラフト作品が並びます(右)手づくりのアロマタイル(写真撮影:左/金井直子、右/SUUMOジャーナル)。


【画像7】(左)東屋ではミニライブの歌声が響いた。(右)友人やご近所のお子さん向けに夏祭りの定番・水ヨーヨーも(写真撮影:金井直子)

【画像7】(左)東屋ではミニライブの歌声が響いた。(右)友人やご近所のお子さん向けに夏祭りの定番・水ヨーヨーも(写真撮影:金井直子)

大家さんと住人がつくり出した愛される場所

近年、「コミュニティ賃貸」という言葉がよく聞かれるようになりました。住人同士が交流を図りやすい仕掛けや入居条件がある賃貸住宅のことです。そうした言葉が流行る数年前にできた大森ロッヂは、いわゆるコミュニティ賃貸の一種とも言えますが、けして住人同士の交流が必須と考えて生み出された住宅ではありません。

再生当初、オーナーの矢野一郎さんはコミュニティづくりについては頭になかったそうですが、途中から「ここは住人同士の交流が自然と図れる家になる」と気づいたそうです。「木や草などの緑や風が感じられる生活空間、庭や路地を介して人と人が緩やかにつながる古き良き暮らしの環境を残したいというのが、古い賃貸住宅をこわさず、そのまま再生しようと考えた大きな理由です」。意図せず再生した家は、昔ながらのご近所付き合いのしやすい場所だったというわけです。

「もともと大森は海苔の養殖が盛んで、その後、高度経済成長の時代に海苔干場だった場所に文化アパートが建ち並ぶようになりました。ここもその一つ。平成の時代になっても、昭和30〜40年代に建てられた賃貸の文化アパート8棟が建ち並ぶ懐かしい景観の残るエリアでした。妻の実家であるこの土地を相続することになって、そうしたこの土地の歴史の面影を留めたいと思いました」と矢野さん。

そんな代々受け継がれた大切な土地だからこそ、敷地に目一杯建てるマンションのように画一的な賃貸住宅への建て替えは避け、「土地は命をはぐくむもの。住む人がありのままにゆるやかに暮らせる場所にして、私たちの命そのものを感じられる暮らしの場所としたい」と考えたそうです。

そんな命を大切にする大家さんだから、大家に取って賃貸住宅は箱じゃなく「人」を感じる場所でありたいと考え、住人の方々に直接向き合う機会も通常より多いのが特徴です。仲介業者を介さず、自ら入居者を募集し、直接入居希望者と対面して家の特徴を伝えています。
「でも、入居するにはハードルが高い物件だと思います。というのも、家賃は新築マンションと同程度なのに一部の家以外はシャワーしかありませんし、音も伝わりやすい。仲介手数料と共益費はありませんが、敷金・礼金も2カ月ずつ頂いています。それらを説明しても入居してくださる方がいるわけですから、住人の方には長くご入居頂けるよう心を配っています」

住人にとっては、大家さんと直接顔を合わせて物件の懸念事項も率直に伝えてもらい、イベント参加を通じて大家さんの人となりも分かること、さらに、管理人も住人の方なので(本業の傍ら行っている)何かと相談しやすいことが、安心感につながっています。「住人の方にはゆったり自分らしく暮らして頂きたい、に尽きますね」

住人は30代の女性・会社員が一番多く、一部、夫婦や自営業の方も。「大森ロッヂに流れるゆるやかな空気感、人とのつながりを大切にされている方が多い印象です。ロッヂ内でのご転居やご退去後の再入居なども見られますし、退去された後も遊びにこられることが多く、入居募集をご友人に紹介して頂くこともあります。大森ロッヂが愛される場所であることに感謝していますし、ここを愛して住んでくださる方がいるから大家を続けていけるのです」と優しいまなざしを見せる矢野さんでした。

今年(2015年)には、「地域に開かれた場所になって、街や大森ロッヂの活性化につなげたい」との思いで、入居予定者の方の意見を取り入れて店舗付き賃貸住宅を新築しました。建物も人とのつながりもどんどん進化している大森ロッヂ。今後も多くの注目が集まることでしょう。

【画像8】(左)オーナーの矢野一郎さん(写真右)と、住人で管理人もつとめるヤマダンナさん(写真左)。(右)この土地で生まれ育ったという奥様と矢野さん。皆さん、夏祭りに合わせた涼やかな装いがお似合い(写真撮影:左/SUUMOジャーナル、右/金井直子)

【画像8】(左)オーナーの矢野一郎さん(写真右)と、住人で管理人もつとめるヤマダンナさん(写真左)。(右)この土地で生まれ育ったという奥様と矢野さん。皆さん、夏祭りに合わせた涼やかな装いがお似合い(写真撮影:左/SUUMOジャーナル、右/金井直子)

取材を終えて筆者が感じたのは、「人と人とがつながる“心に垣根をつくらない家”」というのは、結局は人次第なのだということ。大森ロッヂは住人同士が自然とつながりを持てる家ですが、大家の矢野さん、住人兼管理人さん、住人の皆さんがそれぞれ、お互いを尊重して歩み寄っているからこそ実現している暮らしであることがうかがえました。自分も、心に垣根をつくらない暮らしを送ってみようと考える日となりました。

●取材協力
大森ロッヂ
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