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連載私の「マンション建替え」経験談
四宮朱美
四宮朱美
2016年4月1日 (金)

マンション建替え[3] 建替え決議へ…「住民の意思統一」の道

マンション建替え[3] 「建替え決議」へ、住民の意思統一への道
写真: iStock / thinkstock
1回目でもふれたが、私たちが選んだ建替え方法は全員一致での決議が必要な方法だ。一人でも反対が出れば建替え自体が頓挫してしまう。マンションの中には、年代も家族構成も経済状況も違う人が住んでいる。「建替え」という目標に向かうためには、それぞれが解決しなければいけない問題もさまざまだ。今回は、「建替え決議」に向けた住民の総意の取りまとめの仕方について説明したい。
【連載】私の「マンション建替え」経験談
「マンションの老朽化」が話題になる昨今、マンションの建替えという問題が切実になってきている。どんな問題が起こり、どんな方法で解決していくか。具体的な例を知る機会は少ない。今回はマンション管理士の資格を取り、築50年の自宅マンションの建替えを経験した筆者が5回にわたってプロセスをお伝えします。
・第1回:マンション建替え[1] 仮住まいのはずが…建替え推進メンバーに
・第2回:マンション建替え[2] 「こんな住まいにしたい」の調整が大変

事業者による「個別面談」で住民の個別事情の把握が大切

マンションの建替えとなると、住民ごとにさまざまな事情があり戸惑いや不安が大きいもの。例えば、老朽化したマンションには高齢者が多いが、高齢となると住み慣れた環境を変えたくない人も多い。「今のままでも十分に暮らせるではないか」という理由で積極的ではない人もいる。また狭い住まいだっただけに、自分たちは外部に住み賃貸に出されている方もいる。建替え期間に賃料収入が入ってこないことの不安を持つ人もいる。新築時に購入したひとは住宅ローンを払い終えてる場合がほとんどだが、私のように中古住宅として購入した場合は、まだ住宅ローンが残っている。残債をどうするかという問題もあった。

ほかにも相続で1戸を子ども世帯と共有する人もいる。高齢な方が多いだけに、今後亡くなられた場合に相続の問題が起こって来ることは予想された。

そんな個々の問題を把握するため、パートナーである事業者に個別面談を複数回実施してもらった。住民同士では言いにくくても、事業者になら話せることもある。特に大きな問題になりそうな場合は委員会に報告をしてもらい、その解決にはみんなで知恵を絞った。

また相続関係には税理士、引越しについては不動産会社など、プロを事業者に紹介してもらった。特に高齢の方の引越しは、通常では困難なことが多い。「建替えの仮住まい」という事情を理解して貰ったうえで、住まいの相談ができる窓口があったことは心強かったと思う。

住宅ローンなどの抵当権が設定されている場合、「マンション建替え円滑化法」を活用すれば、建替え前の抵当権は、抵当権者の同意を得て、建替え後のマンションに権利変換することができる。しかし私たちが行う等価交換方式では一般的に、あらかじめ残債を返済し、抵当権を抹消しなければならない。

建替えの話が浮かびあがったときから、私は繰り上げ返済を心掛けた。最終的に一括返済をすることができたが、金融機関によっては返済方法を相談することも可能なようだ。仮住まいの家賃と住宅ローンの二重払いは負担が大きいが、返済に向けての努力は自分のためだけではなく、住民全員のためにも必要だ。

建替え後のイメージをつかむには最新のマンションやモデルルームを見学

なかには、その事業者で建設することに反対する人もいたり、現状でいいと思う人もいた。新しくできる建物に対して具体的なイメージが持てない不安もあっただろう。築50年近い建物に住んでいるだけに、最近の新築マンションのイメージが持てない人もいる。どんな設備を付けるかも実際に使っていなければ理解しづらい。仕事で毎週のように最新のモデルルームを見ている私にとっては、そのギャップは言葉で説明しても難しいと感じた。

実際の建物の姿を見ることで、新しい建物での住み心地をイメージすることもできる。事業者の協力のもと、当時近くで分譲中だったモデルルームを住民たちで見学しに行くことにした。モデルルームの定休日に公開してもらい、新しい設備や仕様を見ることで、建替えに対する実感はぐっと身近なものになったはずである。

この「実際の建物を見学に行く」という手法は、一見面倒であるが効果的だったと思う。例えば防犯システムを選ぶ際にも、机上の説明では理解しにくい。開放感たっぷりの団地に住んでいた私たちにとって、「セキュリティの必要性」を体感する機会がなかったからだ。しかし、都心部にある新しいマンションはセキュリティが重要視される。推進委員会で、事業者が分譲済みのマンションを見学に行き、防犯システムや管理センター、共用スペースなどを体感していくことで、自分たちに必要な設備や管理体制を確認していった。

さらに建物内に店舗を設置するか否かという問題もあり、都内の主要な店舗併設のマンションを見学に行った。見学していくうちに、いいと思う例は住戸と店舗が別の建物になっていることが多かった。だが実際に建物計画が進んでいくと店舗スペースがあまり取れないことが分かり、住戸のみの計画となった。

机上で意見を戦わせるよりも、ほかのマンションの実例を見た方が全員の意見はまとまりやすくなった。「建替え」に対して消極的な人にも、格段に住み心地が良くなる新しい住まいを実感してもらうことで、前向きな姿勢になってもらえる。

プロセスを公開する「たてかえニュース」の発行

住戸を所有しているが遠くに住んでいて実感のない人もいる。勉強会や説明会に無関心で参加しない人もいる。そんな人に「わがこと」と思ってもらうために、定期的に「たてかえニュース」を発行した。

推進委員会は全員ボランティア。会議の際のお茶だけは用意されたが、外に住んでいる人の交通費は自前だった。さらに建替え決議が決まったときと委員会が解散するときの2回の打ち上げも会費制で行った。だが、一部の方に「推進委員会は事業者から金をもらっているのではないか」と言われることもあったようだ。

そんな声もあったため、推進委員会の中での情報はなるべく公開して、住民全員に理解してもらう必要があった。途中段階で起きた問題も包み隠さず伝えることで、決定までのプロセスを理解してもらいやすくなる。その際に重視したことは、なるべく難しい言葉は使わずに、だれが読んでも分かりやすい文章にすることだ。

推進委員会には理事長をはじめ女性の参加が多かった。特に新築当時から住み続けてきた女性理事の方々の存在は建替えへ大きく影響したと思う。この「分かりやすく」という視点も彼女たちの力が大きい。行政や近隣の方との折衝にも、女性理事の方々の柔軟で粘り強い説明が功を奏したことが多かった。

そんな「分かりやすさ」やオープンな姿勢で、当初より公平性を疑われることのないようにしていたため、最終的にはご理解いただけたようだ。

「自分一人で住んでいるわけではない」とみんなが考えていた

建替えの事業計画案が作成され、「建替え決議」は無事に全員一致で賛成に持っていくことができた。しかし、これはまだ道半ば、問題は山積みだった。借家人を含めた住民の退去。その後の管理もある。

また地権者全員と事業者との等価交換契約を結ぶ必要もある。100人を超える住民のなかには外国に住んでいる方もいる。なかには仮住まい中に病に倒れられた方もいた。「工期が遅れて皆さんの迷惑にならないように」と入院先のベッドで契約を交わされた方もいると聞いた。

私がこの古い団地を購入したときに、購入して良かったとあらためて感じた瞬間があった。それは、送られてきた決算書を見ると、管理費滞納者が0人だったことだ。当時マンション管理士の資格を取ったばかりで、多くのマンションが「管理費滞納者の対応」に苦慮していることを知っていたので驚いた。

そんなふうに、「自分一人で住んでいるわけではない」とみんなが考えていたことが大きい。最終的に住民の総意はまとまっていったが、そこには管理員Fさんの努力があり、事務能力や技術力はもちろん、住民全員の心をつかむ温かい管理能力があったからだと思う。全員が退去し、管理組合が解散になると、管理費と修繕積立金は返された。そのとき生まれた端数の金額を、わずかばかりだがFさんにお礼として渡したいという推進委員会の提案に、反対する人は誰一人いなかったのだ。

住民の意思は「目標」が定まり、利害の一致をみれば、統一しやすいかも知れない。大変なのは実は、行政、近隣、そして借家人という外部の人たちとの折衝だ。行政の指導による建物の設計変更、耐震偽装事件により厳しくなった建築の許認可の遅れや、東日本大震災の影響による工事の遅れ、そして近隣の方や借家人の方への対応など、さらに事件は続く。次回は、外部の人たちとのエピソードをお伝えする。

・第4回:マンション建替え[4] どうすればいい? 行政・ご近所・賃借人への対応

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連載 私の「マンション建替え」経験談 マンション管理士の資格を取り、築50年の自宅マンションの建替えを経験した筆者が5回にわたってプロセスをお伝えします。
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