「家庭でも会社でも、スマホを使わなければ奨励金」制度は社員の意識をどう変えたのか?

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通勤電車でふと気づくと、乗客のほとんどがスマホの画面を黙って見つめているーーそんな光景は珍しいものではなくなりました。少しの空き時間があればスマホとにらめっこしてしまう“スマホ依存社会”のいま、ある会社が始めた「スマホを使わなければ奨励金を出す」という取り組みに注目が集まっています。

岐阜県関市で産業機械の構成部品を開発・製造する株式会社岩田製作所。同社が2013年7月から取り組んでいるのが「デジタルフリー奨励金」です。どんな目的で始め、社内でどんな変化が起こっているのか。岩田製作所総務部の岩田伸部長にお話を伺いました。

デジタル機器の便利さゆえに失うものもある

「デジタルフリー奨励金」とは、「スマホを持たない」「携帯電話でゲームをしない」の二つを条件に、社員の申請に基づいて毎月5,000円の奨励金を支給する奨励金制度です。

発案者は社長の岩田修造氏。岩田社長は7~8年ほど前から「デジタル機器は便利だが、便利さゆえに失うものもある。基本的なことを疎かにしてはいけない」と、ことあるごとに社員に話していたといいます。

「制度が生まれた直接のきっかけは、社長がある日の休憩時に、社員が会話もせずにスマホを眺めている風景を見て違和感を覚えたことでした。この制度は会社の『規則』ではなくあくまで『奨励金』ですから、始めるにあたって表だった反対意見こそありませんでしたが、当初は社員がなかなか真剣にならなかったのも事実です。

スタート時の申請者は20名。全社員の約2割で、なかでもスマホからガラケーに変更した者は3名程度。あとはもともとスマホを持っていなかった社員、どちらかといえば年長者がほとんどでした。とはいえ、総務部から社長に『申請者は20名です』と報告した際、『制度を始めて全員が手を挙げるような会社はかえって気持ちが悪い。ボツボツと、徐々に変われば良い』と言われたことが印象的でした」

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▲社員に周知された「デジタルフリー奨励金」制度の詳細

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読書や新聞購読で得られるアナログ的な時間の大切さ

社員の反応はまちまちだったものの、スタートから2年が過ぎ、いまでは全社員の約半数が「デジタルフリー奨励金」を利用しているといいます。この背景について、奨励金が新聞やテレビなど多くのメディアに取り上げられ、「社員一人ひとりが制度と真剣に向き合うようになってきたことが大きい」と岩田部長は話します。

「スマホと向き合っていた時間を、本や新聞を読む時間などに充てることで、『本を読んで感動する』『新聞を読んで考える』といったアナログ的な時間の大切さに気づいたのでしょう。『社長の言っていることは本当?』という懐疑的な思いが『本当かもしれない』『本当なんだ』と変化してきたといえます」

社内の雰囲気も明らかに変わったそうです。岩田社長が違和感を覚えた「社員が会話もせずにスマホを眺めている風景」に代わり、社員同士の会話や雑談が多くなったといいます。

「普段の会話でお互いを知ることがコミュニケーションの第一歩だと、今さらながら気づいたのだと思います。最近では気になった新聞記事や読んだ本の感想についての会話も増えてきました。『人に話す(伝える)ことにより、自分の考え方も整理でき、記憶として留めることができる』とは社長の弁ですが、まさにその通りだと実感しています」

物事を考える時間が増えて社員同士の会話が多くなれば、プレゼンテーション力やコミュニケーション力、正しい判断力など、ビジネスに求められるさまざまな能力も磨かれそうです。奨励金が業務に与える影響について、岩田部長は「まだまだこれからです」としながらも、「こうしたコミュニケーションをきっかけに、仕事においても『見て見ぬふり』から『お互いに指摘し合う』風土にしていきたいと思っています」と語ってくれました。

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新聞手当からビブリオバトル、社内には“文庫”も!

今回の取材で驚きだったのが、岩田製作所が行っている取り組みが「デジタルフリー奨励金」だけではなかったこと。挙げてもらっただけでも、「新聞手当」「ビブリオバトル」「管理職及び入社5年以上の希望者が対象の読書感想文」とさまざま。そのいくつかを、以下でご紹介しましょう。

新聞手当

30歳までの若手社員を対象に、新聞購読料の補助として毎月2,000円を支給する制度。「社会人としての基礎能力が備わっていれば、どんな局面でも、どんな仕事にも対応できる。社会人としての基礎能力とは、例えば、新聞を隅々まで読んで理解する能力」という岩田社長の考えから始まったもので、利用者の条件は、月1回新聞記事の感想文を提出すること。対象者の約半数が利用しているといいます。「自分の意見を持てるようになりたい」「自分の意見をしっかり話せるようになりたい」「社会人として成長したい」という想いから申請する社員がほとんどで、みなさん、真面目に取り組んでいるそう。

ビブリオバトル(書評対決)

今年1月にスタートした社内の書評対決。営業活動はせずに研修等を実施している月1回の土曜出勤日を利用して、毎回5人の発表者が制限時間5分で自分の「おススメの本」を紹介するというもの。発表後にどの本が一番読みたくなったかを投票し、“チャンプ本”を決定します。当初は発表者を指名していたものの、「最近は若手社員から『やってみたい』と自発的な声が聞こえるようになった」と岩田総務部長。発表を聞いて読みたくなる本と出会ったり、発表者の意外な一面を知ったりできるというメリットも。

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▲社員が自分の「おススメ本」を紹介するビブリオバトル(書評対決)の様子。読書熱を高めたり、社員同士のコミュニケーションのきっかけにもなる

岩田文庫

岩田製作所の食堂の一角には「岩田文庫」という名の図書スペースが設けられています。“蔵書”の大半は岩田社長からの寄贈ですが、社員がビブリオバトルで紹介した本を持ち寄ることも。ビブリオバトルで読みたいと思った本を、岩田文庫から借りて読むといった“本を通じた交流”も生まれているといいます。

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▲年々充実する岩田文庫。小説から専門書まで、バリエーション豊かなラインナップが揃っている。

「このような取り組みを、本質を間違えることなく継続していくこと。そして、良いと思ったことはやってみる。それが大事であると思っています」と岩田部長。スマホを単に手放せばよいのではなく、 “自己成長”につなげられる時間、機会を常に持つことが肝心なんですね。みなさんなりの「デジタルフリー」、実践してみては?

EDIT&WRITING:成田敏史(verb)

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