誰にでも秘密はあります。たとえば、故郷などないような顔をしている酒場の人たちにも、きっと。おいしいごはんとお酒に緩んだ、その口元から溢れる、あなたの秘密を教えてくれませんか……。
伝説のジゴロは今
「ジゴロ」というフランスの概念を日本に普及させた人物がいます。
17歳で夜の世界に身を投じ、新宿・歌舞伎町にある「愛」本店でナンバーワンホストに登りつめると、自らをジゴロと名乗り、独立して「新宿ジゴロ」「バイオレンス・ジゴロ」など、次々と店をオープンしては成功させていきました。80年代には“億を貢がせた男”としてマスコミを賑わせ、ジゴロの概念を体現してみせたのです。
男の名を伏見直樹と言います。
2012年、彼はそれまで経営していた雀荘をたたみ、「全国のパワースポットと戦う旅」に出ました。その参考動画を見てみましょう。
DVDブック『ジゴロvs.パワースポット』(東京キララ社)より
そして2015年、還暦を迎える伏見さんは旅から戻り、東京は中板橋にお店を構えているそうです。
東京・中板橋の磁場、レトロ酒場「三本杉」
中板橋へは、初めて来ました。駅前のコンビニが、やけにがらんと光っています。どの道も広くフラットな町で、てくてく歩いていくと、妙な雑居ビルがありました。周辺にも居酒屋やスナックの看板がぽつぽつと光っていますが、いっとう胸がざわざわするのです。地図を見直すまでもなく、伏見直樹さんのいるビルだと確信していました。
細い階段を上がり、鏡張りの廊下の先に、レトロ酒場「三本杉」の扉はあります。
思い切ってぐっと押すと、威勢のいい声が聞こえてきました。
8席ほどの店内を「はい、喜んで!」と、厨房と客席を往復する店主の姿が見えます。
その店主こそ、伏見直樹さんご本人です。
店内はパワースポットと戦いながら全国をまわった際に、大分県の越後高田で収集したレトログッズに溢れています。店の固定電話は黒電話で、私は初めて黒電話から自分のケータイに電話をかけました。中でも目を惹くお手洗いのドアには、特殊漫画家の根本敬先生が開店してすぐにペイントした「イイ顔」のおじさんが懸命に走っています。
天井には神棚のように小さな棚があって、漫画誌『ガロ』をはじめ根本敬先生の書籍がぎっしり並んでいました。伏見さんと根本さんは互いに「先生」と呼び合う仲。そう、ここ「三本杉」には磁場があります。
他人の家に来たようで、やや緊張して座っていると、がつんと料理が出てきました。手の込んだお通しと、ラーメンかと思うほど大きいどんぶりにはいった三平汁です。
「三本杉」のメニューはすべて300円に設定されていて、この三平汁とお通しとお酒を併せて、ひとり900円です。や、安い……。
あたかもお酒のためにあるかのようなお通し。鮭の白子などを使っているそうです。
怒濤のカラオケ大会がスタート
唐突にカラオケが始まりました。
まずは中国から日本に来て十数年、エミさん。
歌うは彼女の十八番、北野まち子『あかね空』。
新宿の遊び友達こと塚田ひろみさんによる、三月ゆか『ハイボールな恋をして』。
男性の常連さんも。井上陽水『傘がない』。
小さなミラーボールと赤提灯が光る店内から、電子ドラムまで飛び出して、お店の看板娘であり、プロ歌手の岡村奈奈さんが自身のオリジナル曲『三本杉』を演奏しながら歌いはじめました。
ど迫力!
1曲ずつ感想を求められる筆者。
さっきまでお酒を作っていた伏見直樹さんがふいに登場して、秋本順子『ROSE』を熱唱。
店が壊れそうなほど全身全霊でパフォーマンスをするので、一同、度肝をぬかれた後、心を奪われました。
いつでも全力! 伝説のジゴロのいま!
伏見さんがいると、みんなが仲良くなります。
傍観していた私たちも、伏見さんから1曲ずつ歌うように勧められ、照れながら歌っていると、店内のすみっこで電気のスイッチを手動でパチパチして、ストロボをつくってくれていました。これがプロのおもてなしかぁ……!
筆者は太田裕美『木綿のハンカチーフ』
クレイジーケンバンドの『せぷてんばぁ』を歌うM編集。
カメラマンの沼田学さんが南佳孝を歌った途端、岡村奈奈さんが覚醒!
ひと通りみんなが歌い終わると、伏見さんがマイクを通して叫びました。
「これがサブカルチャーです!」
これがサブカルチャーかあ……!「サブカルチャーとは、自由です」と伏見さんは言います。そこには揶揄や議論が入る余地はありませんでした。
伝説のジゴロが明かすヒミツとは
ここで、伝説のジゴロのヒミツを聞いてみましょう。伏見さんだけが知るヒミツ、教えてください。
「これからの時代は、男も料理しなきゃだよ。ホストも料理、料理!」
これが伏見直樹さんのヒミツです。手の込んだお通しも、三平汁も伏見直樹さんが作ったものでした。ジゴロ時代から、女性には自ら料理を振る舞っていたそうです。それが伏見直樹さんの男としての秘訣であり、ヒミツでした。
「料理の要はなんといっても塩です」と伏見さん。
このお店を開くまで「白い悪魔」と戦っていました。白い悪魔とは「一目でそれとわかる黒い悪魔以上に厄介な存在」であり、具体的にはアブない薬品や、タバコの煙、光化学スモッグ、白いウェディングドレスの女詐欺師などを指すそうです。そして伏見さんは「白い悪魔を倒すには白しかない」と断言。こだわりの塩が白い悪魔を制すのだと。「三本杉」で使われている塩は、白粉のようにさらさらと細かいものでした。
伏見さんは水商売のプロであり、生粋のエンターテイナーです。持ち前のサービス精神を毎晩最大限に発揮しています。近所にカラオケ店を構えているというお父さんから「若いうちからこんなところへ来れて良いねえ」と耳打ちしてくれました。横ではえみさんが台湾語で歌っています。
歌い終えると、なぜか握手攻めにあってしまい、
最後はみなさんと記念写真!
お店を出た瞬間、遊園地から放り出されたような気持ちになりました。充足感とうら寂しさと、それから、いつでもこの場所が世界にはあるという安心感です。
参考文献:『ジゴロ vs.パワースポット』(東京キララ社)
撮影:沼田学
今夜の一品
伏見直樹さんの故郷、北海道の味「三平汁」
東京の呑み屋ではなかなかお目にかからない北海道の郷土料理。ラーメンどんぶりほどの器で豪快に振る舞うのがジゴロ式。
今夜のお店
レトロ酒場 三本杉
住所:東京都板橋区中板橋17-3
電話番号:03-6905-7823
営業時間:12:00〜16:30、18:30〜23:00
定休日:水曜日