従業員の労働環境の改善を目的に、三越伊勢丹ホールディングスは、伊勢丹新宿本店や三越銀座店を含む首都圏8店舗の2016年の初売り営業をこれまでの1月2日から3日に変更した。競合の百貨店が2日の初売りを続ける中で、売り上げの減少が懸念されたが、蓋を開けてみると、伊勢丹新宿本店は売上高が対前年で9%増(前年は2日の実績)、三越銀座店は前年並みを確保した。

3日となった初売りでも、福袋の人気は相変わらず高かった(伊勢丹新宿本店)
3日となった初売りでも、福袋の人気は相変わらず高かった(伊勢丹新宿本店)

 売り場の目玉はもちろん福袋。伊勢丹新宿本店では、午前中で婦人雑貨、紳士服、リビングなど多くの売り場でほぼ完売したという。目的買いのお客が中心だったため、予算を上回る形で売り上げを達成できたという。また、訪日外国人の買い物需要が前年より増えたことも売り上げに大きく貢献する形となった。

 「大変お待たせいたしました。こちらからは通路がせまくなっております。気をつけてお進みください」。9時40分。当初予定より20分早める形で伊勢丹新宿本店が開店した。開店前は昨年と同じく4000人を超える人が列を作った。行列を誘導する従業員の顔は皆笑顔だ。2日間の休日でリフレッシュできたからだろうか。

百貨店の生き残りをかけた決断

 初売りを3日にずらしたことで、予想外の効果もあった。伊勢丹浦和店、伊勢丹相模原店といった郊外支店の売り上げが前年比12%、9%と大幅に伸びたのだ。仕事始めの1日前は故郷に帰省した人が戻ってきたり、遠出を控えたりする人が多い。地元で過ごすついでに、初売りをのぞいてみようとする人が多かったのかもしれない。「インバウンドのお客様がほとんどいらっしゃらない店舗でこれだけの売り上げが取れたのは驚き」(三越伊勢丹ホールディングス広報担当者)と言う。

 売り上げの落ち込みを覚悟してまで従業員の待遇改善にこだわったのは、百貨店ならではの質の高い接客を取り戻したかったからだ。三越伊勢丹ホールディングスの大西洋社長は、2015年9月の本誌インタビューで「従業員にしっかり休んでもらうことが販売サービスの向上にもつながる」と語っている。

 そもそも、初売りが、GMS(総合スーパー)などが元旦から、百貨店が2日からというのが一般的になったのは1990年代後半以降の話だ。かつて百貨店の初売りは4日からが標準という時代もあったが、消費がさえない中で、各社が売上高を競い合う結果、どんどん初売りが早まっていった経緯がある。

 しかし、売り上げを多少伸ばせたとしても、事業環境の厳しさは変わらない。今のままではじわじわと疲弊していくだけだ。目先の売り上げにこだわるよりも、改革を優先してほかとの差別化を図りたい――。大西社長が従業員の働き方改革にこだわることは、百貨店としての生き残りを賭けた決断でもある。

 初売りを後ろ倒しにするほかにも、2013年4月から一部店舗の営業時間短縮や、閑散期の休業日復活など、労働環境の改善に努めている。1月5日には、三越日本橋本店などの営業時間を9時間半から9時間に短縮することも発表。改革は着々と進んでいるようだ。

インバウンド取り込みに懸念も

 一方、心配の種もある。訪日外国人(インバウンド)売上高が3割弱を占める三越銀座店の動向だ。売り上げは前年並みを達成できたものの、来店客数は前年割れしたという。大西社長もそれは気にしており、「訪日外国人の集客が見込める銀座店の動向が懸念材料」と当初から話していた。

 実際に、銀座では多くのファッション専門店や百貨店が1月2日に店を開けている。それに伴い、ここ数年は多くの外国人観光客が銀座へ集まるようになった。

 三越銀座店にとっての競合店である松屋銀座では2日初売りで、開店前に6000人以上が列を作り、売上高は対前年比で10%強伸びたという。今や中国人をはじめとする訪日外国人の間でも「福袋」の認知度は上がってきており、初売りが盛り上がる中で、日本人に混じって福袋を買う人も増えてきた。「爆買い」は、初売りでも着々と浸透している。競合が笑う中、インバウンド需要を取り込む一大チャンスを逃してしまう痛手は大きいともいえる。

 しかし、三越伊勢丹の「決断」に他の百貨店が追随する動きが広がれば、百貨店業界にとってはよい流れだろう。百貨店の売り場で働くのは自社の社員のほか、アパレルなど取引先の社員が多く、労働条件を改善することの波及効果は大きい。来年以降の動きに注目だ。

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