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箱根駅伝 「W」のアンカー 瀬古とつないだタスキ

アンカー独特の重圧

時事通信社の記者として瀬古を取材する(本人提供)

 マラソンは一斉にスタートし、同一条件で勝負を競う。駅伝は同じチームメイトが、それぞれ違った条件で走ることになる。その条件の最も大きな要素は「待ち時間の長さ」にある。待ち時間が長くなればなるほど重圧は増してしまう。

 箱根駅伝は1月2日の午前8時に大手町をスタートする。アンカーがスタートするのは1月3日の午後零時半以降になる。その間、およそ28時間半。初日にチームメイト5人が箱根路を走っているときに、前日の練習を淡々とこなさなければならない。母校の順位や結果が当然気になる。
 往路の結果が決まり、夕食を取って就寝。熟睡できる選手はごくわずかだろう。目が覚めてから鶴見の中継所に向かう。その間も復路で仲間が必死に走っている。順位は、前後のチームとの差は…。気になる要素は9区後半にならないと分からず、自分のレースプランを立てられるのはスタート直前になってしまう。28時間半の間、冷静さをいかに保つか。アンカーはレース本番よりも、これとの闘いと言っても過言ではない。
 コースは品川からビル群に入り日陰が多くなる。体感温度の低下に加え、最終的な順位が自分で決まるというプレッシャーも重なりブレーキをよく引き起こす。アンカーの難しさは他の区間にないものがある。
 私はレース前日、「新春スターかくし芸大会」というテレビ番組を見てから就寝した。平素よりは寝つきは悪いが熟睡できた。自宅から鶴見までの電車では、「早大競走部」のネームの入った公式戦用のウインドブレーカーを着ているため、乗客からの目線が集まり、たまに声をかけられてしまう。私は2年生以降、これを重圧として感じるのではなく、自分への励みと気持ちを切り替えることができた。結構ずぶとい神経の持ち主だったのかもしれない。

|| ブレーキはなぜ起こる

 ここ数年の箱根駅伝を見る限り、ブレーキを起こす選手が多くなっている。その要因にテレビで完全生中継化されていることが挙げられる。私が箱根駅伝を経験したころは、テレビ局に完全生中継の技術がまだなく、往路と復路途中までを録画でダイジェストにまとめ、最終区間だけ生中継で放送された。

 完全生中継化で箱根駅伝への注目・関心度が格段に高まった。箱根に出場できれば必ずテレビに映る。出場するためには大学内の競争に勝たなければならない。走りたいが故に、風邪や小さな故障があっても監督やコーチに申告できない選手が増えているように思う。ましてや本番前日に多少風邪気味だったら、まず言わないだろう。その程度であれば指導者も見抜くことは極めて困難である。無理を押して本番に臨んだがために、ブレーキという惨劇を生んでしまう。
 また、重圧に弱い選手が以前に比べ、増えているように感じる。テレビ中継で、「○○選手、前日からほとんど眠れなかったそうです」と紹介される。そんな体調に加え、本番当日のプレッシャー、途切れることのない沿道のファン、周囲の期待、テレビ中継カメラ…。ブレーキを起こして何ら不思議はない。現在は体調への配慮から、私のころはなかった給水が採用されているが、それでもブレーキは後を絶たない。
 完全生中継は、箱根駅伝を国民的イベントにまで高めてくれた功績は大であるが、一方で「テレビの魔力」に押しつぶされてしまう選手が毎回生まれてしまうのも現実なのだ。

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