【今週はこれを読め! ミステリー編】知の好奇心に満ちたミステリー『プラハの墓地』

文=杉江松恋

  • プラハの墓地 (海外文学セレクション)
  • 『プラハの墓地 (海外文学セレクション)』
    ウンベルト・エーコ,橋本 勝雄
    東京創元社
    3,850円(税込)
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 2016年2月19日、ウンベルト・エーコが亡くなった。享年84である。

 記号学者にして小説家であったエーコは、生涯を通じて記述、表現という行為について並々ならぬ関心を持ち続けた。その名が日本で広く知れ渡るようになったきっかけは、言うまでもなく1980年に発表した小説『薔薇の名前』(東京創元社)が翻訳されたことである。中世北イタリアの僧院を舞台にしたこの物語は、中心に迷宮のような巨大構造を持つ文書館が存在し、神学や倫理学についての多層的な議論を含むことで話題となった。しかし同時に、中で描かれるのは僧院の住人たちが次々に見立てのような形で殺害されていくというミステリーであり、コナン・ドイルが創造した名探偵、シャーロック・ホームズの冒険譚としても成立していた。読者を満足させるための仕掛けや知識を多段階にわたって入れ込んだ、圧巻の娯楽小説だったのである。

 エーコは生前に7作の長篇小説を著した。うち4作がすでに訳されており、エーコの死が報じられる直前に5冊目が世に出た(奥付はエーコの死後になっている)。それが『プラハの墓地』である。帯に海外書評からの抜粋が並んでいるが、そのうちでもカーカス・レビューのものが私にはしっくり来た。曰く「ハイレベルなフーダニット小説」。まさにその通り。『プラハの墓地』は極めておもしろいミステリーなのである。

 物語は1897年3月、パリの裏通りのとある場所で始まる。「曇り空のその朝、通行人は」と題された第1章は、しかし小説に枠を与えるためのプロローグにすぎない。章の終わりで姿を現した「語り手」が読者の目となり、1人の老人が今まさに何事かを手記に書きつけようとしている場面へと案内する。次の「私は誰なのか?」と題された第2章の記述はその手記の文面であり、物語は実質的にはそこから始まる。書き手の言葉を信頼するならば、彼はピエモンテ出身のイタリア人であり、後にフランスへと移住したという。彼の祖父はユダヤ人を憎悪し、身辺からかの民族を遠ざけると共に、孫の耳に彼らの悪行を吹き込み続けた。その醜い言葉によって、手記の語り手は育成されてきたのである。

----何年も何年も毎晩のように私はユダヤ人を夢に見てきた。

 そう語る手記の書き手の名は、やがてシモーネ・シモニーニであるということが明かされる。シモニーニが育った時代のイタリアは1つの民族国家としては成立しておらず、ローマ教皇領を含むいくつかの領地に分裂した状態にあった。19世紀半ばにそれらは統一されることになるのだが、戦乱がシモニーニの運命を決定づける。統一戦争の中で父は戦死し、祖父もまた新時代の到来に動揺しつつ憤死する。家産がある公証人によって詐取され、シモニーニはその下で働かざるをえなくなる。幸い彼には文書偽造に関するたぐい稀なる才能があった。その能力で公証人を排除し、秘密警察の手先となったシモニーニは、自らのペン先で人の運命を狂わすことに熱中し始める。その過程で彼が使命ともって任じたのが、ユダヤ人などの勢力が世界を支配するために行っている陰謀を暴くことだった。文書偽造の能力を駆使して、彼はある偽書を作り始める。

 シモニーニはドレフュス事件をはじめとするさまざまな歴史的事件に関与していく。彼以外の登場人物はほとんどが実在の人物であり、作者は事実を元にもう1つの歴史を織り上げていくのである。つまり歴史改変小説として本書はあるのだが、柱となるのはロシアのポグロムやナチのホロコーストに根拠を与えたとされる史上最悪の偽書『シオン賢者の議定書』だ。シモニーニは『シオン賢者の議定書』がどのような過程を経て成立したかを、1人の行動に託して語るための人物なのである。彼の作ったフィクションが現実を侵食して本来の歴史に置き換わっていく。本書でエーコが挑んだのは、いかにフィクションが危険なものとして在ったのかをフィクションの形式で書くという試みであった。それはあるはずのものだから、もしこの世に存在しないのであれば、あるようにしなければならない。そうした理念によって修正される歴史、そして成立してしまった偽の歴史を否定することの困難さを、まざまざと読者に見せつけてくれる。

 本書が「ハイレベルなフーダニット小説」と呼ばれるわけは、シモニーニの語りの形式にある。彼の住宅には秘密の抜け穴があり、その向こうにはもう1つの部屋があった。そこではダッラ・ピッコラという聖職者が暮らしているらしく、彼はシモニーニが意識を失っている間に手記へと介入してくるのである。この二層の語りは、作品全体で表現されているフィクションによる現実の書き換えという主題とも深く関わっている。シモニーニとピッコラの語りが進んでいくと、彼らが身に覚えのない死体を発見し、それが何者なのか、誰に殺害されたものなのかと推理しなければならなくなる局面にも出くわす。シモニーニの語りのみであれば、卑劣な行為を働くダブルスパイを描いたエスピオナージュ、ピッコラとの関係を見れば変装や入れ替わりを核にしたスリラー、死体について考えるならば謎解きミステリーと、娯楽小説としても複層的な楽しみが呈示されることになる。500ページ超の分量がまったく苦にならない、知の好奇心に満ちた完璧な小説である。

(杉江松恋)

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