「飲食店をはじめること」の理想と現実。イラストレーター・西山 カルロス さとしさんの場合

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イラストレーター・西山 カルロス さとしさんの場合

西山 カルロス さとしというイラストレーターをご存知だろうか。

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▲『カーグッズプレスVol21』(徳間書店)

 

こういうイラストや、

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▲『アントレ』(リクルート)

 

こんな立体作品、

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▲『マネープラス』(角川 エス・エス・コミュニケーションズ)

 

あるいはこういう誌面など。雑誌やら書籍やらで、皆さんも一度はこんな雰囲気のイラストを見かけたことがあるのではないだろうか。

西山 カルロス さとしさんは、それこそNHK教育テレビの番組『シャキーン!』のアニメ「インフミトリオ」のキャラの作画、もちろん広告やポスター、テレビの舞台セットのイラストなど、多方面で活躍。まさに出版界だけにとどまらず、商業イラストレーションの世界では相当に有名な存在であり、書籍や雑誌、テレビから広告まで、幅広く活躍されていたイラストレーターだった。

イラストレーターだった

 

そう書いたのには、理由がある。じつは西山さんは華やかなイラストレーターの世界を辞め、2015年の1月から千葉県の浦安で「Soul Food Kitchen」(ソウル・フード・キッチン)という名前の小さな飲食店を始め、自ら厨房に立ち、お客へお酒を出しているのだ。

 

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聞けば、そもそもこの2〜3年前からイラストレーターの仕事を徐々に減らし、今年の1月にはイラストの世界から完全に身を引いて、第二の人生として「転職=自分の飲食店を持つこと」を選んだのだという。

これはそんな「元」イラストレーター・西山さんのお店をめぐる、ほろ苦くて、やがて楽しき人生についてのお話

 

いま思えば、キッチリ貯金しとけばよかったワ!

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西山 カルロス さとしさんは兵庫県の尼崎市出身。18歳のときに上京し、阿佐ヶ谷美術専門学校を卒業後、26歳のときにイラストレーターとして独立。その後の売れっ子イラストレーターとしての活躍は誰もが知るところだ。

 

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▲浦安の魚市場の前でパチリ

 

――プロのイラストレーターになる前までは何をされてたのですか?

 

「阿佐美を卒業して、『ぴあ』の表紙を描いていた及川正通先生のアシスタントを2年くらいやって。その流れで『ぴあ』の編集部でバイトしたり、Tシャツ屋さんで印刷の仕事したりしながら、26歳のときに独立して」

 

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▲仕入れは主に近所の浦安魚市場で

 

ーー90年代、西山さんはなかり売れっ子のイラストレーターさんだった印象がありますが。

 

「ホンマ忙しかったよ。毎日休みもなく仕事してたし、当時のギャラが書籍や雑誌の表紙で10万とか15万、雑誌の誌面のカットで1点2万円とか。他にも広告の仕事とか、官公庁のポスターの仕事とかもあったしな。30歳をすぎてから、全盛期には同い年のサラリーマンの年収の2~3倍はあったと思うわ。いま思えばキッチリ貯金しとけばよかったワ! ほとんど飲み代に使うてもうたし(笑)」

 

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▲浦安魚市場「石井商店」のおやっさんと

 

ーーなぜ転身を図ろうと?

 

「50歳すぎたらイラストレーターは仕事が減る、いうのはこの業界の仲間内でよく言われてた話やったし、よほどの巨匠じゃないかぎりは50歳を過ぎてフリーのイラストレーターだけで喰っていくのは大変やろうなとは思うてた。それに、もともとお店をやりたいちゅう願望みないなものも漠然とあったし。で、リーマンショック以降、出版不況とか言われはじめて、そもそものイラストの単価が半分に、仕事の本数も半分……要は毎月のギャラがどんどん減っていって、こりゃアカンなと」

 

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▲「石井商店さんの肉はいつも美味しくて新鮮なんよ」と西山さん

 

ーーほかにもいろいろな選択肢があったと思うのですが、なぜ第2の人生に飲食店を?

 

「自分の興味にいちばん近かった、というのはあるね。お酒が好きやし、料理つくるのも好きやし、音楽も好き、内装とかも自分でやれるし……。自分のいままでの経験とか技術を生かせる業種やなというのは、あった」

 

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▲浦安魚市場「泉銀」の大将は、あのロックバンド「漁港」のリーダー(「漁港」オフィシャルWEBサイト

 

ーーでは飲食店を始める決断というのは自然の流れだったんですね。

 

「いやもう、仕事が減っている時期やし。それこそ週に半分はブラブラしているような状態で。それやったら、ヒマな時間にバイトでもしよかなと。それで、どうせやるんやったら手に職がつく仕事というか、調理師免許もとれるし、まずは飲食店がええやんて思って」

 

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▲浦安魚市場には、毎日新鮮な野菜が集まってくる

 

西山さんは、当初その飲食店での修行期間を5年と考えていたのだそうだ。もちろん、お店での経験もないズブの素人としての出発。そこには、いろいろな苦労があったのではないだろうか。

 

「浦安にある、イタリアン系の西洋風居酒屋に面接しに行ったわけ。そもそもバイトの面接を申し込もうにも、こっちはもう50歳を超えているわけやから(笑)。いまやから言うけど、面接のときに年齢詐称したからね(笑)。「ジブン、45歳です」て。いやさすがに、採用する側の料理長が、自分より年上の奴は採りづらいんちゃうんか、というのはあったよね」

 

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▲浦安魚市場の道路を挟んだ正面に「さかえ通り」がある。西山さんのお店は路地の左手

 

「キミのようなド素人には無理だから」

「そこで得たことはたくさんあるよ。プロの現場に実際に立って、どのくらいフィジカル的にしんどいのか、どんなテクニックが必要なのか。そのときはイラストの仕事にもまだちょっと未練があったから、週の半分くらいレストランの仕事をやりながら、雑誌で食のコラムの仕事でも来ぃひんかな、と思うてた。でも結局、ぜんぜん来ぃへんかったけど(笑)」

 

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▲お店の随所に、西山さん制作の立体作品も

 

調理場の年下のやつとかにもにコテンパンに言われてたよ。不器用や、とか、段取り悪い、とか。あとオーナーには『いつか店やりたい』言うたら『きみのようなド素人には無理だから、奥さんにカフェでもやらしたほうがいいよ』て言われたり……あれは堪えたワ(笑)」

 

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▲以前『メシ通』で話題になったスモークチキンのレシピを参考にした「スモークチキンのロースト」(500円)

 

「でも、いま振りかえれば、当時はその店で『言われたことを言われたとおりに確実にこなす』ことばかりやってたかな、と思う。そうじゃなくて、こちらから新しいメニューを提案するとか、お店に対して自分から動く、ってことをもっとやれば良かったんやね。で、僕より若くて調理の出来る奴が入ってきて、一時期仕事を干されかけた(笑)。もう来なくていいよ、みたいな」

 

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▲お店のフライヤーはもちろん西山さんのイラスト

 

「これじゃアカンな、と思うて、そこで前から考えてた新メニューとかを自分から提案してみたり。そのうち、徐々にだけどその店で認めてもらえるようになって。最終的に『よくここまで作れるようになったな』と言われるところまでいけたから、いい経験になったんちゃうかな。ホンマ感謝してます」

 

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▲とろっとろのキャベツにたっぷりのベーコンが絶品の「キャベツのステーキ」(400円)

 

ーー修行先の店で、やっと飲食店を始める自信がついたんですね。

 

「当初は飲食店で5~6年は修行しようかと思うてたけど、年齢的に精神的にもテンションが落ちるギリギリの52歳とか53歳までにはお店を開きたいと思ってたんね。あと開店には調理師免許が要るんじゃなくて、食品衛生責任者の資格があれば開店できるというのを知ったのも、実際に料理のプロの現場に入って知ったことやし」

 

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▲店内を彩る名盤のジャケ。ジミ・ヘンドリクス、リトル・フィート、フェラ・クティ。「SOUL FOOD KITCHEN」は音楽好きが集まるお店でもある

 

ーー自宅を売却されて開店資金にされたんだとか。

 

「そう。固定費としてお店の家賃を払いつづけるのはリスクやから、自分が住む住居兼お店っちゅうカタチにしようと。でも、いざ売却しようと思っても、売るつもりの自宅が希望通りの金額でなかなか売れへんねん。買い手がつくまでに時間もかかったし」

「浦安魚市場の近くに売りに出しているいい土地があって、そこが気に入ってたんで、かならず自宅が売れたら買いますんで、って土地の持ち主さんに手紙まで書いたり。とにかく他に買い手がつく前に、なんとか家が売れて欲しかった。けっきょく、希望していた金額より500万ほど安く売ることになって」

 

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▲西山さんお気に入りの本を3冊。『レコード・コレクターズ 89年8月号 特集 Pファンク』(ミュージックマガジン)、『サイケデリック・シンドローム ~それはビートルズから始まった』(シンコーミュージック)、『アルバム・カヴァー60's』(リブロポート)

 

「家を売って、店の設計段階から完成まで1年。実際に設計から建築をはじめる段階になって、時間的にも資金的にも思った通りにいかなかないことばかりやった。あと、お店の設計士さんとはいろいろ感覚も違う部分あって、けっきょく内装もほとんど自分でやることになったり。カウンターの木や棚の素材とかも自分で探したり、壁の色とかも自分の感覚で決めて、自分でペンキを塗ったりして」

 

「ホンマ、ヘロヘロやで(笑)」

ーー開店するまでに資金面は大丈夫だったのですか。

 

「ぜんぜんダイジョブじゃなかった(笑)。自宅を売った資金でお店を建てて、無借金でスタートしたいと思ってた当初の目論見通りにはいかず、予定より1千万くらい足らなかった。いや、めちゃめちゃ焦ったよ。政策金融公庫とか年金からもお金を借りたし、書類も何枚も書いたし。ホンマ、ぎりぎりで始めた」

 

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▲赤ワインに抜群に合う「自家製ロースハム」(500円)

 

ーーいま思えばよく開店まで漕ぎつけましたね。

 

「そやね。集中してたからね。これができなかったら人生終わりやと思うてたから。もう一度あれをやれ言われても、出来ないと思うわ(笑)」

 

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▲「本日のキッシュ風オムレツ」(350円)お店の名物といえばまずはこれ

 

ーー今年の1月から実際に開店されて、どうですか。

 

「やっぱり、体力を使うねん。週休2日の営業でも、めちゃめちゃしんどい。休みの日も掃除とか仕込みとかしてるし、飽きられないように常に新しいメニューのことも考えなきゃアカんし。ホンマ、ヘロヘロやで(笑)」

 

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▲「焼きナスとトマトのバルサミコマリネ」(400円)

 

「でも、店を開いている時間がいちばん楽しいな。最初はカウンターに立っていても料理をつくることに精一杯で、お客さんと会話しながら料理できるようになったのも、最近のことやし……イラストの仕事やってたら出会えなかったような、いろんな人と話せるのが、オモロイわな。ただ、お店の集客的には、まだまだ忙しい日とそうでない日のバラつきがある。いちおう『赤字じゃない』程度の売り上げは達成できたけど、まだワシのお小遣いはゼロやし。お店ちゅうのは、ホンマ難しいで。最初はまず安くて美味しい店にできたら、なんとかなると思ったんやけど(笑)」

 

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▲奥さまのマリさんと。マリさんも元イラストレーターで、ランチ担当。手作り焼き菓子とフレンチプレスのコーヒーが自慢です

 

ーーここ最近すっかり「飲み屋のオヤジさん」が板についてきたと評判です。

 

「もっと浦安で認知されたい。なんとかここまで出来ているのは、支えてくれた家族や、もちろんお客さん、あと浦安魚市場の皆さんのおかげやね。ちょこっと飲みながら好きな音楽も聴けて、いろんな人が来てくれて……むっちゃ大変やけど、こんな最高なことはないから、細く長く続けられたらいいなと思うてますわ」

 

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おっと。肝心の「Soul Food Kitchen」がどんなに素敵なお店かってことを言い忘れていた。

浦安の地元の人間でも知らないような小さな路地の奥に、そのお店はある。かかっている音楽はいつも最高の選曲で、供される料理は抜群に美味いのに、すごくお財布に優しい値段設定だったりするから、いつもチェックのときに少しだけ戸惑ってしまう。

西山さんの手がけた内装なんかはさすがのセンスなんだけど、まだまだ不慣れなのかお客さんとの会話はちょっと不器用なところもあったりして……そんなところもまた、いい。お客さんが10人も入ればいっぱいになるから、本当のことをいうと誰にも教えたくないお店。

浦安に来ることがあったら、まず浦安魚市場の向かいにある「さかえ通り」を探してみてほしい。そのお店は、小さな路地の片隅で、今夜もグッド・ミュージックを鳴らしている。もしお店の場所をちゃんと探しあてることができて、ひとりでふらりと入ることができたら、まずはキッシュ風オムレツとスモークドチキン、それにビールを頼むこと。きっと、すごくココロ豊かな時間を過ごすことができるはず。これ、保証しますよ。

 

お店情報

Soul Food Kichen

住所:浦安市当代島1-5-33(さかえ通り商店会内)
電話:047-354-7857
営業時間:11:00~15:00(カフェ営業)、18:00~25:00くらい
定休日: 月曜、木曜
ウェブサイト:https://www.facebook.com/soul.f.kitchen

soulon.exblog.jp

www.hotpepper.jp

 

書いた人:多部留戸元気(たべるこ・げんき)

多部留戸元気

編集者・ライター。ビジネス、グルメ、芸能、医療・健康、アウトドア、マネー、映画・音楽、教育、スポーツなど。硬いものから柔らかいものまで節操なくいろいろ。

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