博多うどん以上に博多な「恵味うどん」

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出典:まるごと福岡

ちょっと長い前置き

博多のうどんがどんなものかご存じの方は、読み進んでもらって構いませんよ)
博多(説明するとそれだけで記事が終わってしまうのだけど、ここでは「福岡」と同義と受け取っていただきたい)はとんこつラーメン一色の土地だと思われがちなんだけど、それは若い世代の話。だいたい40歳を過ぎるととんこつスープが重く感じられるようになって、ライトなうどんにシフトしていく。では、博多のうどんとはどのようなものなのか?

黄金色に澄んだ美しいスメ(汁のこと)が博多のうどんの最大の特徴だ。ごぼう天(ささがきにしたゴボウの天ぷら)は博多で代表的なうどんのトッピングである。ただ、この上の写真には少々違和感がある。麺のエッジが茹でたてのようにキリリと立っていることだ。ラーメンの麺が茹で時間を短縮するために極細になっていったように、せっかちな博多の人間はうどんが茹で上がるのを待つことができない。自然と、うどんはお湯にくぐらせるだけで提供できるよう茹で置きとなり、角のとれたふにゃふにゃヘロヘロの麺が、博多の一般的なうどんとなっていったのだ。
「そんなうどん、食べても旨くないやろう」って? 博多の人間はうどんの麺に旨さなど求めていない。麺は旨いスメを啜るための単なる媒体なのだ。うどんそのものを楽しむ讃岐とは大違いだが、エグ味のない澄んだスメの味こそが、汁文化の博多ならではのうどんの醍醐味なのだ。
近年のうどんブームで本格的な讃岐うどんの店や個性的なうどん屋が増えて、博多でもうどんに対する意識がずいぶん変わってきたが、もともとはこういう土地柄なのである。

 

ここからが手打うどんの店「恵味うどん」のお話

そういう訳で話はようやく本題に入るんだけど、僕が今回紹介する

恵味(えみ)うどん」に初めて行ったのは、確か10年ぐらい前のこと。博多にもようやく本格的な讃岐うどんのお店が現れ始めた頃だ。リサーチ情報によると「恵味うどん」の店主は讃岐で手打ちうどんの修業をしてきたらしい。

「固いうどんを食わせるお店か……」。讃岐うどんというと、その程度の印象しかなかった頃の話だ。

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いかにも町のうどん屋さんといった風情の「恵味うどん」。オープンから20年を過ぎて、ちょっと傷みが目立ってきた?

 

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四国の知り合いから譲ってもらったという特注の大釜。大きすぎてお店に入らないので表に飾っているそうだが、早くも入り口から本場・讃岐っぽさが!

 

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しかし、メニューは意外にもフツー、と言うか、博多風。「生めんですので少々時間がかかります」のお断りが博多では珍しいぐらい。

ところが、「醤油」とか「ぶっかけ」とかいう讃岐らしいメニューは見当たらない。「まだ博多では“讃岐”は馴染みがないからな……」と勝手に納得して、博多では無難な「ごぼう天うどん」を注文。

「少々時間がかかります」の予告通りしばらくたって出てきた「ごぼう天うどん」は、スメが博多っぽく澄んでいて、ゆず(写真ではだいだい)の香りが爽やか。ひとくち啜るとキリッとした男前なおいしさだ。

 

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▲見目麗しい「ごぼう天うどん」 550円

 

天ぷらは今では別皿になっている。だいたい博多のごぼう天は、ごぼうのささがきが一般的だが、ここのは太めのごぼうを井桁に組んでいる。ごぼうはダシで煮てから揚げてあるのでほっこりとした食感だ。

 

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天ぷらは別皿。そのまま食べるもよし、スメに浸して衣をしんなりさせるもよし。

そして、細い麺は柔らかめ。と言っても博多でよくある茹で置きのヘロヘロではなく、茹でたてのブルンブルン。つまり、これは讃岐うどんなのではなく、スメが旨くて麺が柔らかい(だけど茹で置きじゃない)、“ちゃんと作った”博多うどんではないか。“ちゃんと作った”と言って語弊があるならば、“茹でたて”の博多うどんと言っておこう。

考えてみたら、この店は「手打」とは書いてあるが、「讃岐うどんのお店」とはどこにもうたってない。讃岐で修業したから讃岐うどんのお店というのは、僕の勝手な思い込みだった訳だ。

それ以来、僕はたまに「恵味うどん」で「“茹でたて”の博多うどん」を食べている。
今回は取材ということで、店主の一ノ宮聡さんに初めてちゃんと話を伺ったんだけど、そこにはなんと驚きの歴史があった。

 

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▲きれいに揃った細麺は柔らかいが、茹でたてのコシがある

 

意外にも鳴かず飛ばずの10年

「恵味うどん」は、もともと一ノ宮さんの伯母である“恵美”さんが始めたお店だ。当初は手打ではない普通の“町のうどん屋さん”だったのだが、恵美さんの人柄で、近所でも評判のお店になっていったとか。

そこへ、高校を卒業後、讃岐で2年間うどんの修業をしてきた甥の聡さんが帰ってきた。今から20年ほど前の話だ。恵美さんは若くて熱意に燃える甥を立てて、うどんづくりは聡さんに任せてくれた。「恵味うどん」は当時の博多では珍しい、手打・茹でたての本格的なうどんを食べさせるお店に変身したのだ。

と・こ・ろ・が、「最初はみんなガン無視ですよ」と聡さん。当時の博多のお客さんは、「これがうどんか?」と、馴染みのない本場仕込みのうどんの良さがわからない。それどころか、茹でる時間が待てず「出るのが遅い!」「まだできんのか!」「昼休みが終わってしまう!」と非難轟々。その度に恵美さんがお客さんに謝っていたという。

やり方を変えようにも、聡さんは讃岐仕込みの作り方しか知らない。「なんでわかってもらえないんやろう……」。苦悩の日々はなんと10年も続いたという。最近の繁盛ぶりしか知らない僕にはなんとも驚愕の事実! それでも恵美さんは、うどんを変えようとは言わなかった。茹で時間を短くするために、麺は徐々に細くしていった。しかし、手打・茹でたてというスタイルを聡さんは愚直に守り続けたという。

 

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▲苦労した時代を振り返ってくれた一ノ宮聡さん

 

転機となったうどんブーム

転機が訪れたのは、やはり10年ほど前。実は、聡さんが何をしたという訳ではない。世間が変わったのだ。前述の通り、博多にも本格的な讃岐うどんのお店や個性的なうどん屋さんが増えて、うどんブームになった。「少々時間がかかります」のお断りも、「おいしいうどんを食べるためならそのくらい待ちますよ」という風潮になってきたのだ。

お店のまわりに小洒落た飲食店が増えて、穴場のエリアと見られるようになり、若いお客さんも多くなった。雑誌にも取り上げられ、遠方からわざわざ訪れるお客さんも増えたという。

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▲うどんの茹で加減を見る一ノ宮さん

 

「恵味うどん」のうどんづくり

聡さんのうどんづくりは昔も今も変わらない。直に熱い麺に触れて、うどんの茹で加減を見る。スメは小鍋にとって温め、具や料理に合わせて味を調整する。また、うどんは入り口横の打ち場で随時玉を延ばし、できるだけ打ち立てを出している。

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細麺にするために玉を薄く薄く延ばす。

 

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薄く延ばしてあるので、幅はそこそこにカット。細めの平麺ができあがる。

 

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機械で整えたみたいに美しいうどんの束。

 

おすすめメニューで手打・茹でたての醍醐味を

「恵味うどん」のおすすめは、まかないから生まれたというオリジナルのつけめん「鶏おろしうどん」だ。麺は冷たいものと温かいものの2種類があるが、個人的には手打・茹でたてならではのコシと喉越しが感じられる冷たい麺がおすすめ。

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「恵味うどん」のおすすめ「鶏おろしうどん」 650円。麺の量は普通のうどんより多めでボリュームあり。

 

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ゴマ、海苔、生姜の風味がきいた温かいつけだれには鶏肉がゴロゴロ。

締めはつけだれをうどんの茹で汁で割って飲む。体がぽかぽか温まって、お腹も満足の一杯だ。

 

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つけだれはうどんの茹で汁で割っていただく。

 

お店情報

恵味(えみ)うどん ※移転後の情報を掲載しています

住所:福岡福岡市中央区六本松4丁目3−2 インエイト1階
電話番号:090-8263-3119
営業時間:11:00〜15:00/17:00〜21:00
定休日:月曜日

www.hotpepper.jp

※本記事は2016年4月の情報です。

 

書いた人:兵土 G. 剛

兵土 G. 剛

福岡のタウン情報誌の編集部に15年勤めた後、フリーライターに。食うの好き、飲むの好き、きれいな女の人好き。マメさなし、根性なしの偏屈じじぃ。

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