【姫乃たま】牛タンと、ワインと、苦い記憶 〜下北沢「夏火鉢」〜【今夜もヒミツ酒:3軒目】

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誰にでも秘密はあります。たとえば、故郷などないような顔をしている酒場の人たちにも、きっと。おいしいごはんとお酒に緩んだ、その口元から溢れる、あなたの秘密を教えてくれませんか……。

 

最後のバイト先、思い出のビストロへ

あ、また雨です。週末の夜21時。下北沢駅の南口では、酔いつぶれる者、介抱する者、彼らに追い打ちをかけるように2軒目へ誘う居酒屋の店員たちが、悲喜こもごもを繰り広げています。そのどれもが、小雨によって小さなボリュームで聞こえるようでした。

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私は、かつてアルバイトをしていたビストロへ向かっていました。最も長く働いたお店であり、いまのところ、人生で最後のアルバイト先。駅前の喧噪を離れるように歩いて行くと、褒められたこと、怒られたこと、丸2年働いていたのに最後まで入口のドアを開ける時は緊張していたことを、ぼんやりと思い出しました。

餃子の王将を見ながら、細い路地へ曲がると、途端に静かな通りに出ます。飲み屋の灯りでほんのり明るく、どの店も楽しげな店主と客のシルエットが見えます。立ち並ぶ、老舗の焼き鳥屋、個人経営の焼き肉屋、小さなバー。そのうちの一軒が、思い出のビストロです。

 

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「夏火鉢」は、30席ほどのこじんまりとしたビストロで、洋風にアレンジした牛タン料理をメインとする、少し風変わりなお店でもあります。1年を通して、生牡蠣と、契約農家から送られてくる新鮮な野菜も食べられるところが魅力的ですが、酒好きの私はこのお店で料理よりもワインについて詳しくなりました。

もう店を辞めてずいぶん経つのに、懐かしい扉を開ける時は、やっぱりドキドキしました。あの頃は学生だった私が、中途半端に社会人になっているのも、なんだか気恥ずかしかったのです。しかし、緊張はおいしい牛タンを食べた瞬間にほどけました。

 

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▲牛タンの前菜盛り合わせ(2人前1,000円)

 

当時、黒かった店内の壁は、白く塗り替えられていて、気持ちが浮き立つようになります。スパークリングワインが空っぽの胃に沁みて、あっという間に回るようです。

 

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知り合って間もない離婚女性に50万を貸したら……

その夜、私は自らをルシファーと名乗る男性からヒミツを聞くことになりました。どう見ても、日本人です。る、るしふぁー……?

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20代だと言う彼は、表情に少年っぽさが残っていて、しかし話し始めると年齢より妙に落ち着いた雰囲気の漂うアンバランスな青年でした。その落ち着きは「人生経験が多い人」特有の重みがあり、聞くと、有名企業に勤務する傍ら、フリーランスでミュージシャンと大規模なイベントを仲介する仕事をしていると言います。

ヒミツを話すため、身分がバレないように、咄嗟にルシファーと名乗ったことだけが、不思議でした。そんな彼のヒミツは、まだ人生経験が浅かった日までさかのぼります。

 

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ルシファーさん(以下、ルシファー):人を見る目がないって言われるのが嫌で、ごく親しい人にしか話したことがないんですけど……。

――ぜひぜひ。

ルシファー:学生の頃、ゲーセンで遊んでたら、30歳くらいのお姉さんに話しかけられたんです。すぐに仲良くなって、ご飯とか食べに行って。いろんなことを話すうちに、彼女が離婚したばっかりで、慰謝料をとられて大変だってことがわかったんです。失礼かと思って詳しくは聞かなかったんですけど、可哀想になってお金貸しちゃった。

――その額、聞いていい?

ルシファー:50万円。

――おお……学生なのに高給取りだったんですね。

ルシファー:いやいや、僕、学生ローンから信用があったので、50万くらいだったら、すぐに引っ張れたんですよ。

 

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――ああ、なるほど。お姉さんとは随分深い仲になったんですね。

ルシファー:いや、知り合ってから貸すまで1週間くらいだったかな。

――おお……!

ルシファー:そして、すぐに音信不通になったという。

――おお……!!

ルシファー:それからは、モヤシを主食にする毎日が続いて。塾講師の仕事を増やして、4か月で返済しました。

――4か月ですか! ますます優良なカード会員になっちゃいますね。どうして貸したんでしょう。

ルシファー:うーん、可哀想だったからかな……。

 

彼が若くして、妙に落ち着いている理由がわかった気がしました。「もうお金は貸しません」と言った後に、「あ、これ、記事になるんですよね。記事映えする話だったかなあ」と、私の都合まで気にしてくれる大人な面を持つ反面、料理が出てくるたびに「うわっ、うまそ!」と年相応の青年に戻るのでした。

 

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▲牛タン屋のポテトグラタン(650円)

 

バイク便ライダーだけしか知らないラブレターの中身

私もルシファーさんも、スパークリングワインから赤ワインに切り替えた頃、「いいお店だねー」という声とともに、ナイスバディな男性が入店してきました。

 

――お名前は?

ナイスバディ:小磯、ということにしといてもらえると。

――ええっ、何か意味深な……。じゃあ小磯さんで。

小磯さん(以下、小磯):はい、よろしく。

 

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▲ブイブイ言わしてる感の小磯さん。訳あって目線アリでの登場です

 

若い女の子とハチ公前で抱き合っているところを、上司に見つかって勘違いされたというモテオーラ全開の小磯さんですが、結婚してサラリーマンになるまでは、バイク便の仕事で日銭を稼いでは海外を放浪していたそうです。

 

小磯:バイク便って物を届けるだけなんだけど、すごく面白くてね。いつもは企業の間を行き来するんだけど、時々、個人で利用する人がいるの。

――へええ。結構な料金取られるから、切羽詰まってる人が利用するんですかね。

小磯:そうだね。僕が一番印象に残ってる子も、切羽詰まってたなぁ。都内の高級マンションに荷物を取りに行ったら、高層階からネグリジェを着て泣きはらしたキレイな女の子が出てきたの。多分、水商売の女の子だね、あれは。僕が「バイク便ですが、お荷物は?」って聞くと、慌てて1枚の便せんに何かを書いて渡してきたんだ。

――便せん1枚だけっていうのがかなり珍しい。

小磯:そう。バイク便の決まりで書類は濡れないようにビニール袋に入れないといけないから、こう入れると中が文字が透けて見えてね。どうやら、恋人に浮気を謝る手紙で。

――結構ばっちり見てるじゃないですか。

小磯:えへへ。届け先は新宿のホストクラブで、電話して相手を呼び出すと、イケメンの男の子が出てきたよ。はー、ホストって格好いいんだなって思いながら受け取りのサインをもらった後、そのまま彼の後ろ姿を見てたら、読まないでゴミ箱に捨ててた。

――うわあ。

小磯:彼女にとっては、たった一人の男の子だけど、彼にとってはたくさんいる女の子の中の一人でしかなかったんだね。

――じゃあ、その手紙に何が書いてあったのかは、世界で小磯さんしか知らないんだね。

小磯:そうなるね。

 

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▲閉店時間が迫り、メインのタンシチューと、シメのガーリックライスを食べても、話はまだまだ尽きません。徐々に文章にはできない話まで飛び出します

 

小磯:俺の初体験は15歳の時で、相手は23歳のお姉さんだったんだけどさ……

――わはは、だめだめ、それ書けないよ。

小磯:実はその女の子は、親父が(以下、自主規制)

――にゃははは、だめだめ! 書けませんって。

 

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▲小磯さん、ルシファーさんと、3人で改めてカンパイ

 

ルシファー:あっ、それで女性関係のヒミツを思い出してしまった。

小磯:おっ、なんだろう。

ルシファー:学生の頃、好きな女の子と合コンしたんですけど。

――また学生時代ですね。

ルシファー:一緒に行った男の先輩にあらかじめ「あの子は僕がいくんで、やめてくださいね」ってクギ刺しておいたのに、合コンが始まったら、先輩が僕に樽で酒を飲ませてくるんですよ!

小磯:あらら。

ルシファー:気づいたら記憶がなくて、二次会のカラオケでリバースしてて、部屋もわからないし、うろうろしてたら、「僕がいくんで」ってクギを刺しといた女の子と先輩が非常階段でキスしてたんです!

 

胸がきゅうとなるヒミツ話も、みんなで囲う酒の席には、違うかたちで現われます。赤ワインをもう1本頼んで、閉店まで飲み明かしましょう。

 

今夜の一品

牛タンとろとろタンシチュー(1,200円)

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▲ひとつの牛タンから1~2人前ほどしか取れない、貴重な部位を使ったとろけるタンシチュー。実は横に添えられたマッシュポテトが、常連さんに評判

 

今夜のお店

夏火鉢(下北沢)

住所:東京都世田谷区代沢5-36-13
電話番号:03-3414-5206

 

カメラマン:沼田 学

 

書いた人:姫乃たま

姫乃たま

1993年2月12日、下北沢生まれ、エロ本育ち。16才よりフリーランスで地下アイドル活動を始め、ライブイベントへの出演を軸足に置きながら、文筆業も営む。そのほか司会、DJとしても活動。フルアルバムに『僕とジョルジュ』があり、著書に『潜行~地下アイドルの人に言えない生活』(サイゾー社)があ る。

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