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インタビュー

冨田ラボ 『Joyous』



リスナー、アーティストから絶大なる信頼が寄せられている作・編曲家、冨田恵一。ひとつの航海を終えた彼のユニットが3年9か月ぶりに描く、音のファンタジー!



冨田ラボ_A

4人のシンガーと僕

2003年の『Shipbuilding』、2006年の『Shiplaunching』、2010年の『Shipahead』──多彩なヴォーカリスト、作詞家を迎えて編まれた3部作を完結させ、一昨年にはさまざまな アーティストに提供してきた〈美しすぎる〉楽曲をまとめた『WORKS BEST〜beautiful songs to remember〜』を発表。エレガントでエンターテイメント性に溢れたサウンドと情感豊かなメロディーを編み続けてきた作・編曲家、冨田恵一が、久々に冨田ラボとしての新作『Joyous』を届けてくれた。ヴォーカル、作詞、作・編曲がほぼ分業制になっているのは引き続いてのスタイルだが、楽曲ごとに別々のシンガーを迎え入れていた〈Ship〉 シリーズとは違い、ここで個性豊かな歌声を添えているシンガーは、4人のみ。

「1曲ずつ別々のシンガーの方に歌ってもらうっていう、そのフォーマット自体がテーマになってしまったから、アルバムごとに〈こういうテーマで作りました〉っていう、普通のアーティストがやっているようなことがやりづらくなっちゃって。で、考えたのが、今回は1枚のアルバムをシンガー3人か4人で完成させてみようということだったんです。ちょっとした差なんだけど、今回の『Joyous』は4人のシンガーと僕──5人組のユニットによるアルバム、といった考え方なんです」。

その4人とは、クレイジーケンバンドの横山剣、椎名林檎、さかいゆう、サザンオールスターズの原由子という、実に個性豊かな顔ぶれ。

「いちばん最初に決まったのが剣さんだったんですね。とあるインタヴューで剣さんが〈一日だけ他のバンドに入るとしたら……?〉という質問に〈冨田ラボのサウンドで歌ってみたい〉と答えていたのをネットでで知ったんです。そうか!と思ってさっそく打診しまして。で、剣さんが決まったところで浮かんだのが林檎さん。さかいゆうさんはとにかく歌声が綺麗っていうところにももちろん惹かれてたんですけど、音楽的趣味がわりと僕に似てるだろうってことで。原さんは女性にしてはキーが低めなので、男性で高めのさかいさんとの対比もおもしろいんじゃないかなと」。



坂本慎太郎との共鳴

〈Ship〉シリーズ同様に、〈期待通り〉と〈予想外〉を盛り込んで編まれた『Joyous』。 アルバムは椎名林檎が歌う“やさしい哲学”から始まる。アナログ・シンセとストリングスが絡むイントロから胸高鳴らせるナンバーだ。

「2010年に作った曲なんですけど、オーバーチュア的なところも含め、その時点でアレンジもほとんど出来ていて。近い時期に作っていた『WORKS BEST〜beautiful songs to remember〜』で、曲の合間に小品っぽいシンセのインストをいっぱい挿んでいたんですけど、その頃自分のなかでアナログ・シンセが流行っていたんですね」。

続いて、さかいゆうが歌う“僕の足跡〜I follow the sun〜”。メロディーの奥底にジャジーな気品が漂う、冨田ラボらしいミッド・スロウなナンバー。

「例えばヘンリー・マンシーニであるとか、60年代以前にあったジャズのイディオムを使ったポップス──そのへんが僕らしさの根本にあるんでしょうね。あと、メロディーを作るときに日本語が乗っていることを想像して作るようにしているところも〈らしさ〉として作用してるんじゃないかな」。

横山剣が歌う“on you surround”はニューウェイヴ・ファンク的なアプローチ。これまでの冨田作品ではあまり見かけないタイプの楽曲である。

「この曲はずいぶん前からあった曲で、もともとニューウェイヴっぽい感じはあまりなく、仮タイトルが“Afro”だったんです(笑)。ずっと形にしたいと思っていて、フェラ・ クティ寄りのアフロなアレンジで剣さんの仮歌を一度入れて仕上げたんですけど、そのときにわりと聴いていたのがポップ・グループとかリップ・リグ+パニック、あとはトーキング・ヘッズの『Remain In Light』で、アフロでもあまり深くならない、白人が搾取した呼ばわりされてたぐらいのバランスのほうがおもしろいなってやり直しました」。

原由子が歌う“私の夢の夢”は、ブルースの風味を濃く残したAORテイストのナンバー。 ノイジーなギターが、独特の風合いを醸し出している。

「原さんは普段ソフトな声で歌われる方ですから、そういったシンガーにガチャガチャしたオケで、ジャンルとしてではなく、コンセプトとしてシューゲイザー的な構造の曲を歌ってもらったらカッコイイかもしれないと思ったんです。デモの段階からノイズ・ギターはちょっと入ってましたが、原さんは〈スティーリー・ダンみたいな曲ですね〉っておっしゃってました」。

そしてその4人が一堂に会した2曲──アーバンなブルーアイド・ソウル“都会の夜 わたしの街”と、仮タイトルを“Average”としていたというホワイト・ファンク“この世は不思議”。個性的な四声が同じ譜面の上を泳いでいること自体もトピックだが、この2曲の詞を手掛けたのが坂本慎太郎というところに注目せずにはいられない。

「4人で歌う曲の詞を坂本さんに書いていただくということに決めた理由は……やはり震災の後、ポップスにとってというか、特に言葉を書く人たちにとっては難しい時期だったと思うんですよね。そのことについて坂本さんがネットのインタヴューで語っていたのを読んだんですけど、がんばろう、力を合わせてみたいなことを聴くと逆に落ち込むし、でも、なかったことにするのも嫌だ……っていうようなことをおっしゃってたんですね。具体的な応援歌や、または現実を嘆くような歌詞が必要とされる場合があったり、そしてやる人がいるのもわかるんだけど、音楽が好きだからこそストレートにそれをやるのは難しい、という側面があるんです。でも坂本さんがおっしゃっていたスタンスには共感できたんですね。“都会の夜わたしの街”という曲は僕が震災後に初めて書いた曲で、その経緯を坂本さんに伝えたら、 出来上がってきたのがこの歌詞なんです」。

アルバムのタイトル通り〈喜び〉に満ちた……とベタに原稿を締めたくなるぐらい、言葉、メロディー、 サウンド、そして歌い手の熱量が一体となって作り上げられた芳醇な音のメッセージ。改めて、冨田ラボという誠実な音楽家がいることに感謝の気持ちでいっぱいだ。



▼冨田ラボの作品を紹介。
左から、2003年作『Shipbuilding』(ユニバーサル)、2006年作『Ship launching』(ソニー)、2010年作『Shipahead』(rhythm zone)、コンピレーション『WORKS BEST〜beautiful songs to remember〜』(rhythm zone)

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2013年10月23日 18:00

更新: 2013年10月23日 18:00

ソース: bounce 360号(2013年10月25日発行)

インタヴュー・文/久保田泰平