黄瀬和哉×冲方丁 対談──新しい「攻殻機動隊」を描く/描かれた必然性

黄瀬和哉×冲方丁 対談──新しい「攻殻機動隊」を描く/描かれた必然性
黄瀬和哉×冲方丁 対談──新しい「攻殻機動隊」を描く/描かれた必然性

© 士郎正宗・Production I.G / 講談社・「攻殻機動隊ARISE」製作委員会

6月22日(土)に劇場上映+劇場先行版Blu-rayを同時発売した『攻殻機動隊ARISE boder:1 Ghost Pain』。士郎正宗さんのコミック作品を原作に、過去には押井守さん、神山健治さんらにアニメ化され、いずれもその思弁的・哲学的なテーマと、綿密に練り上げられたサイエンス・フィクションとしての世界観とストーリーの完成度によって、国内外から高い評価を受けている。コアなファンからの期待も非常に大きいタイトルであるだけに、今作の注目度も並々ならぬものがある。さらに、今回の「ARISE」シリーズは全4回からなるアニメーションの連作となることが決定している。なお、二作目となる『攻殻機動隊ARISE boder:2 Ghost Whispers』は2013年11月30日(土)に公開を控えている。

今回、編集部では総監督・キャラクターデザインをつとめる黄瀬和哉さんと、脚本・シリーズ構成をつとめる冲方丁さんにお話をうかがった。新しい「攻殻機動隊」はなぜ、どのようにして生まれたのか。その必然性と、その物語で描かれる新しい未来、そして現代という時代について、じっくりと語っていただいた(取材・構成 新見直・米村智水)。

今だから感じられるリアリティを描いた、全く新しい「攻殻機動隊」

© 士郎正宗・Production I.G / 講談社・「攻殻機動隊ARISE」製作委員会

──『攻殻機動隊ARISE boder:1 Ghost Pain』、拝見させていただきました。今回は「まったく新しい攻殻」ということで、原作コミックや映画、TVシリーズに繋がるような前日譚となっていました。どのような経緯で企画が立ち上がったのでしょうか?

黄瀬 Production I.Gの石川光久(株式会社プロダクション・アイジー代表取締役社長)が「何か新しいものをつくりたい」という話をしたのが発端でした。そこで様々に話を重ねる中で、「やっぱり『攻殻機動隊』だろう」という話になったようです。僕が参加したのはその後のことです。そして、実際に原作者の士郎正宗さんに企画の話を持って行ったところ、大量のプロットと設定資料を提供いただき、あとはそちらで自由にやってくださいという形でした。

冲方 「攻殻機動隊」の新作という話を聞いた時、「何か新しいものをやってほしい」ということ以外、何も決まっていませんでした(笑)。続編という可能性も考えてみたんですが、やはり人形使いと融合した後の素子は描けないんですよね。そこで、全スタッフ間で、「攻殻機動隊」という物語において、何をどこまでやっていいか、あるいはいけないか、という感覚を共有する中で、みんなが知っている公安9課がまだ設立前の話を描こうということに落ち着きました。
最初は、脚本を進めていく中で士郎正宗さんから突然NGがきたらどうしようと戦々恐々でしたが、いざ進めてみると、否定的な指摘はほとんどありませんでした。だから、脚本の方も、マンガともアニメとも異なる、長く続く強度を持った〝新しいシリーズ〟を立ち上げるために、思い切って執筆をスタートさせることができました。

──『攻殻機動隊ARISE』を構成しているほとんどが新しい要素だと言ってもいいと思いますが、中でも際立っていたのが、主人公・草薙素子の少女性を描いているという点だと感じました。これまでとは違い、ちゃんと「女の子」していたと思います。

冲方 そこは強く意識しました。これまでのシリーズだと、草薙素子というキャラクターはウィザード級ハッカーにして、タフで格闘にも長けて人望も厚い、つまり完璧な超人として描かれています。作中でも「ゴリラ女」とか言われていましたよね(笑)。今作では、あえて素子の若さや未熟さといったものにスポットを当てています。

黄瀬 「弱い素子で行きましょう」という話はスタッフ間でも何度も話し合いました。『攻殻機動隊ARISE』は、「border:1」に始まり、全4作構成を想定しています。ベタな成長物語ではないけれど、シリーズを通して見た時、様々な経験を積んで、最終的に我々が今まで見てきた強い素子につながるような形になればいいと考えています。今作の「border:1」については、作画監督の西尾鉄也さんが頑張ってくれたので、これまでになくカワイイ素子になったかと思います。

冲方 作中で、ロジコマの前で首をかしげるシーンとか、意外に素が出るとカワイイ。やはり、周りに人が集まる必然性、つまり求心力というのは、その人の可愛げであったり、素直さや頑張り、真摯さにこそあるわけじゃないですか。それをオーソドックスな形でちゃんと描くことができた。ただ、それが『攻殻機動隊』というシリーズにおいては、ある種、これまでのイメージを突き抜けているという意味で、むしろチャレンジングな試みになるんです。

──少女性とは別に、素子の描写という点では、バトルシーンでの素子の顔が、急にしわをリアルに再現して描かれている場面はかなり印象的でした。

黄瀬 あのシーンは、作画担当の沖浦啓之さんの絵がそのまんま出ている(笑)。特に何かを狙ってやっているわけではないんですが、沖浦さんのリアルな描写を発揮してもらうとしたら、ここしかないだろうと思ってやってもらいました。

冲方 サイボーグに共感する時に重要な点で──逆転の発想なのですが──サイボーグにも「苦しい」とか「痛い」という感情があることをしっかりと描かないといけないと思っていました。これまでの作品であれば、例え腕を引きちぎられても彼女は無表情なはずです。

黄瀬 過去作品でも、腕がちぎれてしまう瞬間はきっと痛みがあるんだろうけれど、完全に外れてしまえば神経回路を切ってしまえばいい、という感覚だったように思います。ただ、今作では副題である「Ghost Pain」、つまり痛みを伴う存在として、彼らの姿を描いています。

冲方 あえて苦しい表情を見せることが、今「攻殻機動隊」という物語を描くリアリティだと思うんです。一昔前は、「サイボーグって何?」という議論から始めなければいけなかった。でも、その回答はすでに多くのSF作品で描がかれ、現実における技術も発達して実際人型に近い機械もつくられてもいる。そんな今だからこそ描けるサイボーグがあるはずなんです。そして、そのサイボーグ像は、極めて人間的な姿なのではないかと考えています。

──現実が追い付き始めている今だから、サイボーグの痛みを描くことにリアリティが生まれているということでしょうか?

冲方 今は、物事の価値観それ自体が大きく変わっていく節目にあると思うんです。これまでの「攻殻機動隊』という作品では、義体化されてしまった悲しみみたいなものに対して、素子たちは「別に何が悪いの?」という態度で突き抜けている。そんなことよりも、チューンナップの方が忙しい、と。これまでの作品と、今の現実におけるリアリティの橋渡しとして、今作の素子の弱さがあります。かつての想像上の未来に限りなく近づいているこの時代だからこそ、サイボーグの痛みに共感できる

「攻殻機動隊」ファンを裏切っている?

© 士郎正宗・Production I.G / 講談社・「攻殻機動隊ARISE」製作委員会

──「攻殻機動隊」といえば、素子がビルから飛び降りたり、腕が引きちぎれたりするシーンが定番のように入っています。今回もそれらのシーンを組み込んでいるのは、過去作品を意識させるような、お約束の演出の一つとしてでしょうか?

黄瀬 腕に関して言えば、定番を意識したわけではないです。サイボーグなら傷が付いてるだけでは拭けば済んでしまうので、徹底的に痛めつけて腕の1本ぐらい引きちぎれないと、ボロボロになった感じが出ないじゃないですか(笑)。あれは、乱闘の激しさを伝えるための必然的な描写です。

冲方 必然性のあるシーンが過去から積み重ねられてきているんだということは、作品をつくりながら改めて感じていました。これが女子高生同士の物語であれば「こんな暴力的な作品はけしからん!」とかなるでしょうが(笑)、そう言われないだけの信頼感や必然性が作品にある。

──そういった激しいアクションやバトル要素を散りばめながらも、今作ではサイコサスペンス要素も際立っていたと思います。

冲方 「border:1」監督のむらた雅彦さんに「攻殻で何をやりたいですか?」と聞いたら、「サスペンス」だという意外なお答えだったので驚いたんですが、それが結果的にハマりました。電脳世界に自由に入り込める人間たちでサスペンスを成立させるためには、色んな組み立てやアイディアの工夫が必要でした。「border:1」に関しても、サスペンスだとは言いきれないのですが、主人公が正体不明な何かに翻弄されて、出口を探そうとしてあがく。そういう展開は「攻殻機動隊」にはあまりなかったので、案外見たことがない物語になったと思っています。ただ、脚本の初稿は今よりもずっとサスペンス調だったので、「もっとアクションを入れてくれ」とは言われました(笑)。

──当初よりは抑えられているものの、むらた監督の意向もあってサスペンス調になっていったということですね。他に、脚本への注文はありましたか?

冲方 脚本でみんなに言われたのは、「フェンスを登れないトグサが情けない!」って……。

──(笑)。

黄瀬 バトーと素子が「早く行け!」と言っているのに、「え、これを?」と戸惑うシーンですね(笑)。

冲方 あそこでバトーと素子が見捨てない、という新鮮さは、登場人物同士の噛み合ってなさ、初対面の空気感を演出していて、まだチームではないという側面は出したいと思っていました。

──組織になる前の面々のやりとりは、攻殻ファンにとってはすごく新鮮でした。一方で、新シリーズ立ち上げにあたって、作品の間口を広げていくことで、新規ファンにも過去の作品に興味を持ってもらおうという工夫がなされていると感じました。

黄瀬 「攻殻機動隊」に興味がなかった人に向ける意味でも、これまでのシリーズのファンに対しては、裏切りに近い要素もあえて作品に組み込んでいます。

冲方 弱い素子をあえて描いたという点もそうですが、今のリアリティで新たに「攻殻機動隊」を描こうとする時、やはりファンであればあるほど「こうであってほしい」という思いが強い。しかし、一緒に次の世代にこの素晴らしい作品を届けようよ、というのが僕の偽らない気持ちです。旧来のファンとは共通了解が非常に取りやすいので、新しい仕掛けを施しても伝わるだろうという感覚もあります。

黄瀬 ただ、作品自体が持つ芯の強さは、僕らに変えられるものではない。だからこそ、今後はもっと安心して挑戦していってもいいのではないか、とも考えています。

冲方 やはり、新しいお客さんが新しいシリーズをつくっていくはずです。女性ファンや10代の若い人、あるいは余暇を持ったご老人たち、これまで「攻殻機動隊」を知らない人にも是非楽しんでもらいたい。例えば、地方に行くと、映画券を大量に持っていて、毎週必ず映画を見に行くおじいちゃん、おばあちゃんっているんですよ。彼らにも楽しめるような作品になっていると思っています。

黄瀬 確かに、テレビがそんなに普及していない時代を経験している人は特に、昔から映画館を利用しているのかもしれません。娯楽が少なかった世代の人たちにとって、映画や演劇が娯楽のメインストリームですから。

冲方 そういう人たちこそ取り込んでいきたい。「攻殻機動隊」は全世代、全人類にテクノロジーが影響を与えている、という世界の話ですから、こういう時代になった今を生きている誰もが無関係ではないんです。
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