十数年も空室のままの古い木賃(木造賃貸)アパート。償却もすでに終わり、オーナーも投資できずに「眠ったまま」になっている物件を、自分たちで改修費を出資し、オーナー負担ゼロで再生するプロ集団が現れました。
例えば彼らが手がけた第一弾「サクラ・アパートメント」(東京都)は江古田駅徒歩7分、新桜台駅徒歩0分という好立地。だが老朽化し、6室のうち1室を除いて5室が空室だった。これをワンルームと2Kに改装し、賃料は上限7万8000円(管理費1000円)に。すでに申し込みも入っているという。
こうした古い木賃アパートは立地に恵まれている等、ポテンシャルの高いケースが多いそう。しかしすでに建物の減価償却が終わっているためオーナーも投資に踏み切れず、眠ったままになっているのだ。
「サクラ・アパートメント」は木賃デベロップメントがオーナーから借り上げ、初期費用を負担してリノベ―ション。毎月の家賃収入からオーナーへ支払う家賃を引いた差額によって3~4年で回収する仕組みだ。つまりオーナーの初期費用負担はゼロ。さらに木賃デベロップメントとオーナーとの契約は6年間となっているため、7年目からはすべてオーナー収入となる。
「木賃デベロップメント」のメンバーは、内山章氏(スタジオA建築設計事務所)、田中歩氏(あゆみリアルティーサービス)、福井信行氏(ルーヴィス)の3人。
建築設計、不動産、施工という異なる専門性をもった3者がそれぞれの視点から物件を判断し、事業収支からデザイン、施工まですべてを一気通貫で手がけられるのが強み。
田中氏は信託銀行から独立したというだけあって、金融や資産管理・運用にも強い。内山氏は建築設計だけでなくまちづくりのプロジェクトにも携わる。福井氏は設計デザインも手がけ、実家は不動産業という守備範囲の広さ。
お互いに重なり合う領域をもっているので役割分担はあえてつくらず、3人一緒に物件を見て話をするなかで自然と生まれてくる共通認識や、その建物がいきいきと使われている共通イメージを大切にしているそうだ。
なぜ彼らは、自ら出資してまで木賃再生に挑戦するのだろうか?
ひとつには、先述の「木賃のもつポテンシャルの高さを活かしたい」という理由がある。また内山氏は、設計事務所や施工会社の“報酬のもらい方”への違和感も理由のひとつだったと言う。
「通常、設計者は工事の10~20%を設計料として受け取る。事業系案件の建物が収益を上げても上げなくても、設計者が責任を問われない仕組みにずっと違和感をもっていました。
リスクを負っていないからリターンもない。この物件と出合い、設計者がオーナーと同等のリスクを負って再生できないか?と考えました」(内山氏)
さらには、古い物件のリノベーションを通じて、住まい手のリテラシーを上げる場をつくりたいという想いもある。
「サクラ・アパートメント」では施工中に「床張りワークショップ」を開催し、いわゆる“素人”である一般参加者に居室の床を張ってもらった。2軒目となる綱島の物件でも「解体ワークショップ」を開催するなど、積極的にDIY体験の場を設けている。
「例えば日本では(塗り等の)「ムラ」と呼ばれて嫌われるようなものも、海外のインテリア雑誌なんかには普通に出ている。DIYを通じて、住む人たちのリテラシーも上がっていくはず。
もちろん技術的にはプロとの差はありますが、そもそも家づくりのすべてが均質に同じレベルじゃなくていい。木賃はそうした実験の場、遊び倒す場でもいいんじゃないかと思います」(福井氏)
現在、首都圏近郊のさまざまな建物オーナーから問い合わせを受けているという木賃デベロップメントだが、「うちも再生してもらいたい!」と思った場合、依頼することはできるのだろうか?
問い合わせをもらうと彼らは「とにかくまず現地を見に行き、オーナーとお話しする」。立地や建物の状態、入居状況、権利関係などを総合的に見て事業性があると判断すれば、プロジェクト始動だ。
また必ずしも木造でなく、RC造や鉄骨造でも対象物件になり得ると言う。事業スキームも対象物件により異なる。
「僕らはワン・ストップ型ではなくベスト・ソリューション型でありたいと思っています。軸足は木賃に置いていますが、それぞれの物件と向き合って、どんなスキームで、どんなリノベーションをし、何にするのがベストか?を考えたい」(田中氏)
実際、第二弾として手がける綱島(神奈川県)の木造物件はオーナーとの共同出資によりリノベーション。竣工後の運営管理にも携わる予定だそう。
不動産屋、建築家、施工会社という領域の違いを超えて、意欲的な挑戦を始めた木賃デベロップメント。しかし彼らのプロジェクトには、彼らの想いやコンセプトに共感し、一緒にやろう!というオーナーの存在が不可欠だ。
彼らとともに果敢にチャレンジするオーナーの登場を楽しみに、今後も木賃デベロップメントの活動に注目していきたい。