日本人はたいてい「名字」で人を呼ぶが、そのルーツについて知る人は少ない。日本の名字研究の第一人者・森岡浩氏とともに考えてみよう。
そもそも家と家を区別するために自然発生的に生まれた名字は、家のある場所、つまり地名をルーツとするものが多い。たとえば、村の名前の「渋谷」を、一番の有力者である庄屋が名乗っているケース。
「大きな地名をもとにした名字は、権力者が土地の領主であることを明確にするため、集落で一番偉い支配者家系しか名乗れなかった。大多数は、集落のさらに小さな地名を使いました」(森岡氏)
(他の例)山口、宮崎、和泉
皆が地名を名字にすると、集落中が同じ名字になってしまうので、地名以外で家と家を区別する必要が出てきた。そこで、地形や土地の様子を名字にした。
「一番多いのが“山”“川”などの地理的な状況を用いたもの。同じ川でも山中なら“沢”、流れが急な場所は“瀬”、遅い場所は“淵”などと使い分けられました」(森岡氏)
たとえば川下にいるのは、「川崎」。“崎”は先端という意味の漢字だ。
次に多いのが“田”や“畑”などの土地との関わり方を示すもの。イラストでは田んぼの中に「田中」がいる。その上部には「塚田」と「窪田」がいる。“塚”は墓ではなく、周囲より地面が高いところを、反対に“窪”は周囲より低いところを示す。
集落の中の“松”“杉”“栗”といった樹木、“橋”“鳥居”“宮”などの建造物も地形の一種と見ることができる。“井”のつく名字も多いが、これは水汲み場を示す漢字。昔は川がよく氾濫したため、その時にできた新しい水汲み場の近くに住んだのが「新井」、昔の古いほうにいたのが「荒井」。そしてその水汲み場の上、つまり井の上に住むから「井上」となる。
※週刊ポスト2014年1月17日号