音楽をハックする:Music Hack Day東京で開発された、注目の21作品

音楽とITの才能が出会う場所。それがMusic Hack Dayだ。東京マラソンの裏で、ハッカーたちは24時間の音楽ハッカソンを走り切った。初開催にも関わらず、東京のハッカーたちの作品はサンフランシスコやロンドンにも引けをとらない、ハイレヴェルなハッカソンとなった。
音楽をハックする:Music Hack Day東京で開発された、注目の21作品
会場となった原宿THE TERMINALは150人に埋め尽くされ、29もの作品がHackerleagueに上梓された。

今回のMusic Hack Dayにはさまざまな音楽配信サーヴィスからエヴァンジェリストが参加。特に日本上陸が噂されるSpotifyは注目を集めていた。初日、SpotifyのアカウントをAPI利用者にプレゼントすると発表すると、会場から歓声が上がっていた。

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ほかにSoundCloud、楽曲リコメンデーション・エンジンのEcho NestGracenote、日本からもWasabeatがAPIのワークショップを開催。参加者は熱心に聞き入った。「音楽系のAPIがこんなに揃ってるなんて、興奮して鼻血が出る」とある参加者は語った。

百聞は一見にしかず。前置きはこれくらいにして、さっそく優秀作をレヴューしていこう。音楽ハックとは何か、これを読めば伝わるはずだ。

MOOD BOX

いま自分と同じ気分の人がどんな音楽を聴いているのだろう? ロマンチック、クール、やさしい、ピース、元気いっぱい。25種類の気分のなかから、自分の気分を選ぶと、「いままさに、世界のどこかで同じ気分の人」が聞いている曲がプレイリストに表示される。

Gracenoteには、波形解析の技術がある。いま聴いている音楽の曲調をリアルタイムで解析し、秒単位で気分をタグ付けしていく技術だ。このGracenoteのAPIを使った作品である。同じ気分の人たちが次に聴いた曲が反映されるので、リアルタイムでプレイリストが変化していく。

ハッカソンはコーダーだけでなく、デザイナーも参加する。プログラマーとデザイナーがチームを組んだこの作品は、ほとんどプロダクト化の一歩手前の完成度を持っていた。

あと1日あればSpotifyのAPIをマッシュアップして、このプレイリストをSpotifyですぐに再生できたことだろう。Gracenoteには楽曲リコメンデーション・エンジンがあり、PandoraやLast.fmのようなパーソナライズド放送を可能にしてくれるが、この作品はうまく人を結びつけて、複数の人力でプレイリストを生成しているところが新しい。

日本のミュージックディスカヴァリー・サーヴィスmusic Chefと、Gracenoteからダブル受賞。賞品はShureのハイレゾ・ヘッドフォンと「日本未発売のPebble」だった。

制作 Tatsuya Fujii / miyake takahiro

Solamimi

あの番組だ。その名の通り、自動的に「空耳」っぽい歌詞を探し出す。歌詞検索のMusiXmatchでまず英語の歌詞を呼び出す。これをヒューリスティック探索でひらがなに変換し、最後にGoogleのAPIで日本語の文章に変換する、という仕組みだ。

1日だとさすがに精度を上げるところまでいかなかったが、わずか1日でウェブ・サーヴィスとして公開したのはすばらしい。SpotifyのAPIが組み込まれているので、曲を聴きながら空耳を楽しむことができる。

制作 Hiroyuki Koike

Tokyo Tune Train

Music Hack Dayにはエヴァンジェリストたちも実際に参戦する。自分たちのAPIでどんな作品が創れるのか、お手本を示すわけだ。こちらは楽曲リコメンデーション・エンジンのThe Echo Nestから来たポール・ラミュラの作品。「東京の複雑な地下鉄の乗り換えにインスパイアされて創った」ゲームだ。

地下鉄を模したラインがどんどん伸びて行く。それを追いかけてカーソルを動かすのだが、脱線するとBGMが混乱する。The Echo NestのAPIには、曲を小節単位でスライスして分解する機能がある。これを使うと小節をDJのように自在に並べ替えることができるのを応用したゲームだ。

パーティゲームとしてはなかなかの出来で、会場を爆笑させていた。音楽系のAPIを使った音ゲーが一勢力を築く未来が待っているのかもしれない。ちなみに彼のブログは、英語圏の音楽ハッカーのあいだでは必読になっているそうだ。

制作 Paul Lamere

Digroove

ライヴのリコメンデーションに特化したアプリ。とてもシンプルな操作がいい。まず、近くライヴのあるアーティストが表示される。ハート・ボタンを押して好きか、嫌いかを伝えると、次の候補アーティストが出てくる。これを繰り返していくと、いっそう自分の趣味にあったライヴのリコメンデーションが受けられるようになる、という仕組みだ。

プレイボタンを押せば、Spotifyでおすすめアーティストの音楽を聴くことができる。チケットのボタンを押せばぴあでチケット購入。SpotifyとぴあのAPIを使った作品だ。

ライヴに行ってチェックイン・ボタンを押せば、Foursquareのようにソーシャルメディアへ投稿できる。そして「ライヴ・ログ」がたまって来れば、そこから新しい人間関係も出来てくる。ライヴを使ったインタレストグラフだ。

筆者はぴあに在籍していたことがあるが、ぴあですぐ使えるプロフェッショナルな企画だと感じた。あとでチームに大手広告代理店の出身者がいたと分かり、納得した。Spotify賞の2位を受賞していた。

制作チーム代表 HIROKI FUJITA

Jacket Juke Box

「ジャケ買い」をストリーミング時代に合わせて復活させた音楽ハック。ピンと来たジャケットを選ぶと、似たデザインのジャケットが表示される。ジャケットのデザイナーからソートすることも可能だ。

アーティスト情報やアルバム情報の引き出しに、Last.fmのAPIを使用している。時間があればSpotifyのAPIを組み合わせて、そのままSpotifyで聴けるようにできたと思う。楽曲の近似性からリコメンデーションをかけるのが常識となったなか、ヴィジュアルから音楽をリコメンデーションする発想はなかなかのものだ。

ジャケットのデザイナーを使ったソートはDBを入力する必要があり、ユーザー参加型のインターフェースも用意していた。DBが育ってくれば、楽曲リコメンデーションをもっぱらとする音楽サーヴィスが買収するかもしれないアイデアだ。

制作 Muneaki Hayakawa / Yuji Yaginuma

QYART

ライヴ会場やクラブの客が持っているiPhoneを楽器にしてしまうという、斬新な音楽ハックだ。用意したサイトにiPhoneでアクセスすると、シーケンサーのパートがアサインされ、iPhoneが演奏し始める。アクセスしたiPhoneが増えるに連れ、演奏が重なり合い、やがてひとつの楽曲を会場全体が奏で出すという仕組みだ。

ColdplayがコンサートでXylobands™(ザイロバンド)を使い、光のページェントをリスナーと創りだしたが、これをiPhoneと音でやってしまうというアイデアだ。音樂に合わせ、iPhoneのスクリーンが放つ色あいも変わるところも実用的だった。いずれ大きなライヴ・イヴェントでこのアイデアは脚光を浴びるのではないだろうか。

W3CのWeb Audio APIとWeb MIDI APIを使用している。

制作 Akira Sawada

digestong.com

音楽フェス予習アプリ。フェスの出演リストのアーティストをクリックすると、直近のライヴのセットリストを呼び出し、ライヴで人気のあった曲を聴くことができる。setlist.fmのAPIと、SoundCloudのAPIをマッシュアップした音楽ハックだ。シンプルなアイデアだが、的確にニーズを貫いている。

実用化の段階では、SoundCloudに加えて、Spotifyでも楽曲を予習できるようにしてもらえるとありがたい。Sound CloudもSpotifyもフリーミアム・モデルを採用しているので、基本無料で音楽が聴ける。両サーヴィスがインフラになりつつあるのは、APIの他にもビジネス・モデルにも起因しているのだろう。

ハッカソンが始まった直後、1分で自己紹介とチーム募集を呼びかける「ピッチ」の時間がある。Digestongはそこでできたチームの作品だ。music Chef賞を受賞した。

制作チーム Yayoi TateNoriaki TakamizawaAkihiroSodaSa / Toshinari Kurabayashi

Web Browser VJ

SoundCloudにある好きな音楽を、ブラウザ上でVJできる。Web Audio APIを使って、Lチャンネルの波形とRチャンネルの波形を、それぞれヴィジュアル・エフェクトのトリガーにアサインしている。コントローラーにDeep Motionを使用するなど、どこかプロフェッショナルな匂いのするデモンストレーションだった。あとでお話を聴くと、楽器メーカーに勤めていて、趣味でVJをやっているとのことだった。

制作 Masakazu Watanabe

Chaos Animals

ブラウザーで遊べるシンプルな音ゲーだ。サイトへ行く。そして変顔の動物たちをクリックすると、4拍分の音楽が流れ始めるので、6匹の動物から出る音楽を上手く繋ぎ合わせて、「COME ON」をカッコよく決める。

SoundCloudのAPIで音楽を引っ張ってきて、The Echo NestのAPIで小節に分解。各小節を変顔の動物たちに割り当てて出来上がっている。

シンプルだが、日本人特有の感性がよく現れた作品で海外勢が爆笑していた。SoundCloudとThe Echo Nestからダブル受賞していた。こちらもハッカソンの場でできたチーム。

制作チーム Yu Watanabe / makiko sakamoto / takahisa SENAGA

Spin Coaster

ストリーミング時代に入って、音楽のキュレーションがアツくなった。Dr.Dreもキュレーション型の音楽配信Beats Musicを立ち上げると発表し、話題を集めている。聴き放題サーヴィスの欠点は、音楽がありすぎて何を聴いてよいかわからないこと。2000万曲のうち、どれがおすすめなのか。

Spotifyにはローリングストーン誌や、Pitchfork、NMEなど名だたるキュレーション・サイトが、アプリ内アプリを提供している。日本にもキュレーション・サイトがいくつかあり、こちらのSpin Coasterはそのひとつ。日本上陸を待たず、さっそくSpotify Appsを創ってしまった。

ふだんから地道にキュレーター活動をしていたからこそ出来たことだ。司会と審査を務めた筆者(榎本幹朗)から賞を贈った。

このチームは徹夜でもうひとつ作品を創っている。iBeaconを利用したO2O型のプレイリスト・サーヴィスだ。詳細は、同じく審査員を務めたジェイ・コウガミ氏のブログに詳しいので参照されたい。

制作チーム Shigeru Ogawa / Ryotaro Ohkawa / jun hayashi

Singalong World

「その発想は無かった」という点では、スバ抜けていた。例えば「つけまつける」と入力して、南西にiPhoneを向ける。すると、南西の先にあるインドネシアやフィリピンでSoundCloudにアップロードされた「つけまつける」の「歌ってみた」がいっせいに鳴り出す。iPhoneの画面上にはその方向にいる、「歌ってみた」人たちの顔が次々と映し出される。「うたってみた」とGPSのマッシュアップだ。

世界のみんなが同じ歌を歌っているのを聴くことで、世界平和を表現したという。アートの領域に入った作品であり、会場に笑いと感動を与えていた。ユニバーサル・ミュージックのデジタル事業開発本部長を務める鈴木貴歩氏から、審査員賞を受賞した。

制作 Haruka Kataoka

Scarborough

すぐにでも使いたいChromeエクステンションだ。閲覧しているサイトにピッタリのプレイリストを自動作成してくれる。クリックすればSpotifyでサイト閲覧のBGMが始まるというものだ。まず、サイトの持つムードを把握した後、GracenoteのAPIでムードに合ったプレイリストを自動生成。それをSpotifyのAPIに投げるという感じだ。

Gracenote賞、Spotify賞、music Chef賞をトリプル受賞した。

制作チーム Keisuke Kobayashi / Takuya Sugiyama / Tomoyo Obata / Yuta Takahashi

WASABEAT Mix Generator

「プレヴューのボタンをなんどもクリックするのはどうにもなあ」と思ったことはないだろうか。この音楽ハックは、絶妙なマッシュアップでそれを解決している。プレヴューボタンを押すと、プレヴューのミックスが自動生成されて、そのまま聴いていればOK。気になる音楽が流れたらマウスオーバーで情報をチェックできる。

この離れ業はどうやって自動化できたのだろうか。まずダンス・ミュージック専門サイト、WasabeatのAPIを使って、BPMが同じ曲のプレヴューをリスト。次にEcho NestのAPIで泊数を計測し、8拍毎にプレビューを滑らかにつなぎ、SoundCloudにAPI経由でアップロードするという仕組みだ。SoundCloudの波形データの下には△が等間隔で並んでおり、マウスオーバーすると楽曲情報をWasabeatのAPIから引っ張り出してくる。

楽曲販売サイトのユーザーが感じていたイライラを解決した、ワールド・クラスのアイデアだ。Wasabeat賞とSoundCloud賞をダブル受賞した。

制作 you py

Synthesizer Server

シンセサイザーをサーヴァーに置き、ローカルのウェブ・ブラウザから演奏する。クラウド時代の楽器のあり方を考察した、未来を感じさせる作品だ。いまの音楽配信というものは、突き詰めればスタジオで制作したファイル・データをサーヴァーからクライアントに送信しているだけであり、その原理は決して先進的なものではない。一方、たとえばゲームの世界を見ると、クラウド・ゲーミングのGAIKAIは、サーヴァー上でリアルタイムにゲーム体験を生成してストリーミングしている。

この作品は、音楽体験がリアルタイムにクラウド上で生成される未来図を啓示しており、知的興奮を与えてくれるものだった。GracenoteやEcho Nest、PandoraやiTunes Radioにはミュージック・サイエンティストが在籍して研究を進めているが、彼らはこうした未来予測をロードマップに描いているかもしれない。

制作 Naoki Nomoto

VoiceRemix!

音声を「かっこよく」音楽とリミックスするWebサーヴィス。この作品は、アイデアそのものよりも「24時間でここまで精度の高いものを創ったのか」というところだ。

こちらにアクセスして、上のLoadボタン2つをクリックし、アップロードが終わったらRemix!ボタンを押す。最後にPlayボタンを押してみよう。

まるで洗脳されるようなリミックスをかんたんに創れるのが楽しい。

仕組みは、まずSoundCloudのAPIで楽曲をアップロード。次にEcho NestのAPIで楽曲を波形解析。Echo Nestのremix.jsを改造して、「メロディのリズムを優先して、音声データを『いいかんじ』につきつめる」ようチューニングしたという。デモ・ソングに、会場が大いに沸いていた。

制作 Kazuma Inazu

Museum of Sounds

プレイリストのヴィジュアル化である。サイトに行き、アーティスト名を入力するとタイムラインに沿って、これまでリリースされた曲のジャケットが美術館のようにきれいに並ぶ。クリックするとSpotifyで順に再生されていく。BlurとOasisなど、絡みあうように文化を創った二組の楽曲を展示することも可能だ。なんでもないアイデアに見えるが、インターフェースの出来がよいおかげで実用性が高い。

アナログ・レコードのコレクションをWebで公開し、売買や交流を楽しむレコーデリーの運営メンバーが集まって創った。レコーデリーの方も、Spotifyのアプリ内アプリにしたらすぐに世界的な人気が出そうである。

All Digital Musicを運営するジェイ・コウガミ氏から審査員賞を受賞した。

制作チーム Mari Sato/Takeshi Moriyama/Takaaki Imoto/Susumu Okuno

WeTunes

『リア充専用アプリ』だ。Hackerleagueから使い方を引用しよう。

「1. 『つながる』ボタンをタップします 2. いつものiTunesの操作方法で音楽を再生します 3. つながった人のiPhoneでも、あなたの曲が流れます。つながった人のiTunesの曲も聞くことができます」

外出先のカフェで、彼氏彼女と読書しながらふたりで音楽を聴く。順番に音楽をかけることで話も弾むだろう。とてもシンプルだが、「誰かと一緒に音楽を聞くという人間の本質的な欲求に響く」と、本イヴェントのオーガナイザーを務めた福山泰史氏が称賛していた。

Bluetoothの範囲にいる親しい人間限定で音楽をシェアするというのは、メジャーレーベルのツボをつきそうだ。2人限定から5人限定ぐらいにしてもよいだろう。ファミレスや図書館でイヤフォンをつけた学生たちが友だちと勉強しながら使っている姿が浮かぶ。

モック、プレゼンの出来ともにハイ・クォリティな作品で、Spotify賞を受賞した。

制作 Kazuhiro Homma / Kodai Kawase

PACH.IO

Gracenoteのエヴァンジェリストたちによる作品。せっかく日本に来たので、日本からインスパイアされた作品を…ということでパチスロをインターフェースにしたパーソナライズド・ラジオを制作した。スロットを引くと、回転が始まり、ムード、ジャンル、時代がランダムに選択され、プレイリストが自動生成される仕組みだ。

Gracenoteの楽曲レコメンデーション・エンジン、Gracenote Rhythmでプレイリストを自動生成する。楽曲の再生に
SpotifyとYouTubeをマッシュアップしている。Spotify Appに載せればすぐに人気を取るだろう。余裕を感じさせる、お手本のような作品だ。こちらで実際に遊べる。

制作 Rich Adams/Israel Sundseth/Ching-Wei Chen

Twicc

hackerleagueに載せた説明を引用しよう。

「twiccは、ツイートから音楽を呼び出すiPhoneアプリです。Twitterのユーザータイムラインに流れ込んでくるツイートをリアルタイム解析し、抽出したキーワードを元に音楽を再生し続けます。

ツイートのキーワード抽出にはYahoo Japanのテキスト解析API(日本版)を利用しており、楽曲の検索及び再生にはSpotifyを利用しています」

その結果は上図のとおりだ。触れば5秒で伝わるシンプルでエレガントなアイデアであり、スティーブ・ジョブズの薫陶を受けたかのような発想だった。「シリコンヴァレー受けしそうだな」と思いながらデモを見ていたが案の定、Spotify賞を受賞。「Twitter Musicよりもいい仕事をした」と激賞されていた

詳細は省くがEcho NestかGracenoteのAPIを使うともっと面白くできて、実用レベルに近づける。ワクワクする作品だ。近いアイデアを持った人間は少なからずいそうなので、今後もスピード勝負で作りこんでほしい。

制作 Yusuke Ariyoshi/Hiroyuki Oyama/Toshiyuki Yasuno

ToS

本質的な課題を追求した作品。まず、ソーシャル・マーケティングの現状に挑戦している。世間はショート・ヘッドに属するプロダクトの宣伝に、ソーシャルメディアを使う話ばかりだが、それならテレビと新聞の時代と文化は変わらない。

ToSでは人気の音楽は再生されない。ミュージック・ディスカヴァリー・サーヴィスで誰もが知っている音楽を探しても意味が無いからだ。

次に、感動のシェアにFacebookやTwitterを使わない。かわりにiPhoneを振ると、ボールが周囲にトスされる。もしかしたら、強く投げれば感動が強く伝わるのかもしれない。音楽を言葉で伝えることを強制するソーシャルメディアの常識に真っ向から挑戦している。

さらに、ボタンをタッチしたり、検索欄に入力しない。iPhoneを傾けると画面のカラーが変わり、ジャンルが切り替わる。この作品は、シリコンヴァレーの最先端と問題意識を共有していたといえる。iPhoneの普及以降、GUIに限界が来たことが課題になっている。AppleのSiriやGoogleのAI研究は、GUIの次に来る時代でも両巨頭が生き残るための戦略だ。

楽曲のリコメンデーション・エンジンにEcho NestのAPIを使用。楽曲の共有と再生にSpotifyを使用した。ただ残念なことに、アプリのデモンストレーションができなかった。Spotify APIの使用方法が、ハックというよりもクラックの領域に入ってしまったので、イヴェントの主旨を考慮しアプリのデモを取りやめたという。

イヴェント終了後、コーダーから説明を聞いたが、APIのあるパラメータを使用すれば解決した気がした。またiPhoneの傾きを使ったユーザーインターフェースは、ジャンルでなくてホットネスやチルなど、音楽の色合いを選択するパラメーターをアサインした方が新しさが伝わると感じた。

つつがなくデモがおこなわれていれば、自分から賞を贈ったと思う。制作チームの潜在力を感じる、いろいろ惜しい作品だった。

制作 K.A.N.T.A / RULER(S)

Monthree

日本人らしい企画力が生きた作品だ。iPhoneで音楽を聞いていると卵が孵化し、自分のモンスターが誕生する。iTunesで聴いている音楽がエサになって、モンスターがポケモンのように進化するのだが、聴いている音楽によって進化の仕方が違う。

Echo NestのAPIを使うと、テンポ、曲調、ダンス性、地域、人気などさまざまなインクリメンタル・データを聴いている曲から引き出せるので、これを使って「エサ」の栄養素を決めている。その結果、育つモンスターはじぶんの音楽趣味を反映したデザインとなる。

TwitterやFacebookのようなタイムラインがあり、そこには友だちのモンスターがいま何を聴かせてもらっているかが表示される仕組みだ。このキャラクターがポストペットのように友だちのiPhoneにお邪魔したり、されたりする。Spotifyにも同様のタイムラインがあるのだが、こちらのほうがずっと心を掴むオーラを放っている印象を持った。

音楽配信のゲーミフィケーションは、国内のレコード産業に待望されている。かつて音楽産業の市場を広げてくれたカラオケや着うたは、音楽のゲーミフィケーションが成功した事例といえるからだ。

「同じAPIでも日本の感性に触れるとここまで変わるのか」とあるエヴァンジェリストは感想を述べたが、本作品は日本らしさの出た最たるものといえそうだ。こちらもその場で出来た8人のチーム。

モックとしてもプロフェッショナルな作品に仕上がっており、ビジネス的な可能性ではTwiccと双璧をなしていたように思う。ヴェンチャーファンドに相談したくなるクォリティを1日で創ったのは驚きだった。Wired Japanの若林恵編集長から審査員賞を受賞した。

制作 Yu Sakimoto/Yoh Osaki/UENO AKITO/Hiroshi Yamaguchi/okamoto rie/daisuke fukuda/takashi tanaka/Satoshi Nakada

おわりに

こうして振り返ると、実用的かつ弾けるようなアイデアがいくつもあり、どんなブレストよりもワクワクするイヴェントだったと、改めて思う。

これまで音楽系ITは、メジャーレーベルからコンテンツの使用権を交渉する能力がなければなかなか手がつけられない場所だった。だが、人には得意不得意がある。誰もがSpotifyのダニエル・エクのように、コーディングも交渉も出来るクリエイターではない。時代が進み、各種音楽系ITサーヴィスがAPIを公開したことで、音楽を愛するコーダーたちの才能が存分に発揮できる土壌が整いつつある。

音楽配信の側から見るなら、彼らは宝石のような存在だ。いまは、会員数の規模や金銭力よりも、エコシステムの優劣で勝敗が決まる時代だ。優秀なディヴェロッパーをフリーのAPIで取り込んだところが、いっそう豊かなエコシステムに育ち、競争上、有利になる。日本の音楽配信を振り返るにAPIを公開しているところはほとんどない。本イヴェントをきっかけにエコシステムの戦略を見直す動きも出てくるだろう。

堰を切ったかのように吹き上がった会場の熱気に、海外から訪れたエヴァンジェリストたちも驚いていた。この調子なら第2回目のMusic Hack Dayも、年内に東京で開催できそうだ。

世界は変わりつつある。00年代のようにウェブやアプリだけで勝負する時代ではない。スマートフォンやウェアラブル・デヴァイスのように、新しいハードウェアをつくることが、クラウドをも進化させる時代だ。それはマッシュアップがウェブやアプリだけで終わらない世界となったことを意味する。

日本には家電や楽器などハードウェア・ハックに向いたプレイヤーが揃っている。例えば楽器系のスポンサーが本イヴェントにエヴァンジェリストを派遣すれば、ミュージシャンも参加しやすくなる。将来、音楽とITの才能がいちばん近い場所は、以外と東京かも知れないのだ。

榎本幹朗︱MIKIRO ENOMOTO
1974年東京都生まれ。音楽コンサルタント。現在はエンタメ系新規事業開発や、メディア系のコンサルティングを中心に活動中。Music Hack Day東京の運営に関わり、審査員も務めた。Twitter:@miky_e

TEXT BY MIKIRO ENOMOTO