お手製のベッドを置き寝室として利用している2階リビングは、間仕切りのない一室の伸びやかな空間だ。掃き出しの大きな窓と、木製のバルコニーを介して、眼下には緑豊かな谷とその先には山並みのパノラマが広がる。視界に家や建物はほとんど見えないこともあり、カーテンは、あえて吊していない。「休日で今朝は寝ててもよかったんですが、差し込む日差しが暑くて起きてしまいました」と辰徳さん。訪れたのは初冬だったが、快適な暮らしぶりがうかがえる。
「スケルトンハウス」を企画・展開するのは、鎌倉市で不動産業を営む(株)エンジョイワークスだ。不動産仲介業のみならず、シェアハウスやシェアオフィス、リノベーションなど不動産のトータルプロデュースを行う。
鎌倉、逗子、葉山など湘南地域に暮らす、または移住を考えている顧客が多い中、彼らのライフスタイルに合った新しい住宅を提供したいと考え、建築士を迎え入れ一級建築士事務所としての仕事も引き受けることとした。そのひとつとして提案するのが「スケルトンハウス」だ。
コンセプトとして掲げたのは「家づくりをジブンゴトにする宣言」だという。同社設計部長の濱口智明さんは「住まい手自身が家づくりに参加することで、自分らしく、そしてひいては長く愛される家にしたいと考えました」と語る。これを実現するために、骨格(スケルトン)と内装(インフィル)を分けて構成する「スケルトンハウス」を企画した。
構造、外壁、窓、屋根、全館空調設備、家の骨格となる部分はスケルトンとし、内装や水まわり設備、仕上げや照明などはインフィルと位置づける。
スケルトンのままでは、内部はほとんど柱も壁もない空間だ。住まい手の家族構成や希望によって間取りはフレキシブルに対応できるという。建物はシンプルなボックス型とすることで、合理性と低廉なコストを実現した。ただし、基礎を含め建物を包み込む断熱や複層ガラスの採用、高効率の全館空調を基本とするなど、住宅としての高い基本性能は確保した。
「短寿命と言われる日本の住宅に疑問を感じ、最初の住まい手だけでなく、次世代へ受け継がれても住みこなしが容易な可変性のある長寿命住宅であることが必要。そのためには骨格部分の基本性能は落とさずにキッチリとつくることを考えたからです」と濱口さんは説明する。
その一方で、インフィルの内装部分は、住まい手の自由に委ねられる。床材や壁・天井の仕上げ、キッチンや浴室などの設備機器などは、自分好みにできる。
冒頭に紹介した渡部さん夫妻は、このスケルトンハウスの最初のお客さんだ。もともと葉山の賃貸住宅暮らしだったが、同じ葉山で住宅を求めたいと相談したエンジョイワークスから土地の紹介を受けたことがきっかけだ。辰徳さんは「ハウスメーカーの住宅も検討してみたが、どうしてキッチンは決まったメーカーから選ばなきゃいけないの?とか、ピンとこなかった。スケルトンハウスのコンセプトを聞いて、コレだ!と思いました」と振り返る。
建物の枠組であるスケルトンは決まっているものの、内装・インフィルについては自由に決められたという。キッチンは、濱口さんの勧めもあり大工工事で木製の下部を設え、特注のアルミの天板を載せた。背の高い二人に合わせて95cmと通常より高くつくった。また、玲子さんのお父様が住設備メーカーの代理店をしている関係で、トイレやユニットバスはお父様からのプレゼントだそうだ。スケルトンとインフィルを切り分けることで、施主のこうした「ワガママ」にもきめ細やかな対応ができるのだという。
渡部邸の間取りは、1階は広い石張りの土間と、バス・トイレ、それから粗い足場板を床に使ったキッチン・ダイニング。2階は、まったく間仕切りをしないリビング(一角を寝室として利用)と至ってシンプルだ。
「間取りとしては、0LDKの家です。いまは二人だけなので、2階は広々と使えるしこれで十分。将来子どもができたとき、間仕切り壁を付けられるように天井に下地材を仕込んでおいてもらいました」と、玲子さん。
横浜のアパレル会社に勤務する玲子さんのアイデアが、このスケルトンハウスには十分に活かされている。活躍するのが、使い込んだヨーロッパ製の木製パレットだ。玲子さんの会社のショップなどで使っていたのを、融通してもらった。玄関脇に積みあげて、その間を靴箱として利用。2階リビングにはパレットを敷いた上にマットを置いてベッドにしている。「フランスでは、パレットをベッド代わりに使う人もいると聞いて取り入れてみました」と話す。
収納も、洋服は、業務用のハンガーに吊してリビングの一角に置いている。「気に入った洋服しか持たない主義なので、愛着のあるものがいつも見えるのが、むしろいいんです」(玲子さん)。また、下着やリネン類は浴室・洗濯機脇の一角に収納スペースを取っている。
キッチンの棚などの収納は、家の完成・引き渡しを受けてから、二人で気に入ったインテリアショップで買って取り付けた。インテリアを、自分たちでゆっくり選んで、DIYできることも、家への愛着を深めるのに役立っているようだ。
絶景の庭先には、木製デッキが張り出し、夏場は友だちを招いてBBQパーティーを開くことも。サッカー好きの辰徳さんは「ダイニングのテレビはスポーツバーに倣って壁の高い位置に取り付け、大勢集まっても見やすいようにしました」と、スケルトンハウスの自由度に満足そうだ。
エンジョイワークスでは、スケルトンハウスの企画・販売をはじめて約2年で、計画・施工中のものを含めると約20棟の実績があるという。グレードについて、冷暖房設備やバルコニーを含まないローコストのものを含め2タイプ用意している。濱口さんは「外壁のレッドシダーは、経年で色合いが変わりますが、そのことも楽しんでもらいたい。30年後、50年後にも優良な住宅ストックとして愛され使ってもらえたら」と語る。
このほか「お施主さんにプロの内装大工の方がいて、インフィルは自分で仕上げてもらう方式を採用したり、鉄のアーティスト2人と組んで、階段やインテリアの取っ手など金物をオリジナルで製作してもらう試みをはじめるなど、スケルトンハウスの特質を活かした企画を進めています」(濱口さん)と、住まい手の嗜好や遊び心に訴えかける家づくりを行っている。
ちょうど取材に訪れた日の夜、由比ガ浜通り沿いのエンジョイワークスから徒歩1分、元魚屋さんをリノベーションしたカフェ+シェアオフィス「HOUSE YUIGAHAMA」において、同社主催のスケルトンハウスの説明会が開催された。
渡部さんを含むスケルトンハウス先駆者2家族が、自らの住まいへの思いや住んだ後のDIYの取り組みなど、これから検討する家族のみなさんにお話しする会だ。スタッフをはじめ20人ほど、子どもたちも含めて笑い声がもれる温かなイベントだった。スケルトンハウスを核にして、湘南地域で住まい手同士のネットワーク、コミュニティも育まれるのかもしれない。