住まいの雑学
連載江戸の知恵に学ぶ街と暮らし
やまくみさん正方形
山本 久美子
2012年9月27日 (木)

落語「寝床」の"義太夫を聴かないと借家を強制退去”、今でも通用する?

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写真提供/江東区深川江戸資料館 

連載【落語に学ぶ住まいと街(9)】
落語好きの住宅ジャーナリストが、落語に出てくる江戸の暮らしを参考に、これからの住まい選びのヒントを見つけようという連載です。

落語「寝床」とは…

日ごろは温厚で物分かりのよい、大店(おおだな)の旦那。唯一の欠点は、下手の横好きの「義太夫(ぎだゆう)」。自分では気づいていないが、実はとても聴いていられる代物ではない。今日も義太夫の会を催そうと、もてなしの酒、肴(さかな)、菓子を準備して、店の者に命じて長屋の連中を呼びにやらせるが、皆用事があって来られないと聞かされる。それでは、店の者に聴かせようと言うと、店の者も仮病を使って聴きたがらない。

これに腹を立てた旦那は、店の者には暇を出す、長屋の連中には「店立て(たなだて=借家から追い出すこと)」を食らわせると言い出す始末。困った店の番頭が、長屋を回って奉公人にも言い含め、一同が顔をそろえたことで、機嫌を直した旦那がいざ義太夫を語り始めると…。座敷に広がる地獄絵図。
旦那が御簾(みす)の中で語っていることをいいことに、長屋の連中は姿勢を低くしてできるだけ聴かないようにして、飲んだり食ったり。そのうち全員が寝てしまう。座が静かになったので、皆が聞き惚れているのかと思った旦那だが、御簾を上げてみると全員がごろごろ横になっている。旦那は激怒するが、どこかで子どもの泣き声が…。店の小僧の定吉が泣いているのだ。どの部分に感動して泣いているのかと問うと、定吉は「あそこでございます」と。指した場所は、旦那が義太夫を語った床だ。「あそこが私の寝床でございます」。

この落語の聴きどころは、義太夫を聴きたくない長屋の連中や奉公人の言い訳の数々。まさかという言い訳もあって、大いに笑える。前半で終える場合はサゲが分からないので、「素人義太夫」というそうだ。後半の下手な義太夫と戦う長屋の連中の地獄絵図も楽しい。

義太夫を聴かないという理由は、店立ての理由になるか?

落語「寝床」の義太夫好きの大店の大家は、前回前々回で紹介した大家とは違う立場のようだ。店子(たなこ)である長屋の連中は、住居と兼ねて店を構えている豆腐屋や提灯屋であったり、鳶(とび)の頭であったりと、やや裕福な町人であるからだ。恐らく、裏長屋の狭い長屋ではなく、表通りに面した二階建てなどの表長屋を所有する大家で、地主と大家を兼ねているのだろう。長屋の連中は、店子という立場なだけでなく、大店に出入りして仕事上の付き合いもあり、いくら下手な義太夫を聴きたくないと思っても、断りにくい立場にいたと推測できる。

旦那の大店が何の商売をしているのかは、落語で聴いたことがないが、写真の「深川江戸資料館」に再現された蔵のある大店は、干鰯(ほしか)・〆粕(しめかす)・魚油(ぎょゆ)問屋「多田屋」という設定だ。干鰯・〆粕は、鰯などの魚を干したり油を搾ったりしてつくる魚肥のことで、畑作などの肥料になる。一方魚油は、臭いが強いが安価だったため、庶民が行燈(あんどん)などの油として使ったという。深川にはほかに、材木問屋や米問屋などの大店があったようだ。

それにしても、義太夫を聴かないから「店立て」、つまり強制退去命令を出すというのは、あまりにひどい。「いつでも大家の都合で出て行く」という店立ての証文を取っていると言う台詞もあるのだが、義太夫を理解しないということが理由になるのだろうか?

江戸時代のことは分からないが、現代は「賃貸借契約」を結んで入居するのが一般的だ。具体的な条件は、互いに交わす「賃貸借契約書」に細かく記載されており、通常は契約期間が記載され、更新することが可能になっている。「借地借家法」によると、店子である賃借人が引き続き住むことを希望している場合には、大家からの解約や更新の拒絶は、「正当な事由」(どうしてもそこに住まなければならないなど)がない限りできないとなっている。義太夫を理解しないといったことは、正当な事由にならないので、賃借人は出て行かなくてよいわけだ。たとえ、契約書の特約事項に「いつでも大家の都合で出て行く」と記載してあった場合でも、今ならそれは無効となる。

このように、「借地借家法」では賃借人の権利保護に重点が置かれているため、平成12年3月に「定期借家契約」を可能にするように法改正が行われた。定期借家とは、契約期間が来たら終了し、更新されない(ただし再契約は可能)契約の方法で、事前の説明や公正証書等による書面の契約が必要とされている。

「大工調べ」のように家賃を滞納したら、店立ての理由になるか?

さて、前回の「江戸と今の賃料はどちらが高い? 落語「大工調べ」から考えてみた」では、大工の与太郎が家賃を滞納し、大工の棟梁が立て替えてその大半を納めたものの、こじれて裁判沙汰になった。家賃滞納で裁判といえば、話題になったオセロ中島さんの例が思い浮かぶが、家賃を支払うのは賃借人の義務なので、催促されたにもかかわらず滞納が続くようであれば、契約解除の理由に該当する。ただし、与太郎の例では、棟梁の援助で滞納額の大半を支払っているので、この時点で店立ては難しくなる。

家賃滞納以外にも、反社会的なことをしたり、近隣に迷惑をかける行為をするなど、契約上の禁止事項に違反した場合は、契約解除の理由になる。現代で住宅を借りる場合は、賃貸借契約書の内容をきちんと確認し、ルールを守った生活を送ることが大切だ。

■参考資料
「落語ハンドブック改訂版」三省堂
「江戸の用語辞典」江戸人文研究会編著/廣済堂出版
「古典落語100席」立川志の輔選・監修/PHP研究所
江東区深川江戸資料館
HP:http://www.kcf.or.jp/fukagawa/index.html
https://suumo.jp/journal/wp/wp-content/uploads/2015/05/dc8bf0c1134dae340e61cda16d35e4fa.jpg
連載 江戸の知恵に学ぶ街と暮らし 落語・歌舞伎好きの住宅ジャーナリストが、江戸時代の知恵を参考に、現代の街や暮らしについて考えようという連載です。
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