住まいの雑学
連載江戸の知恵に学ぶ街と暮らし
やまくみさん正方形
山本 久美子
2012年10月13日 (土)

大家さんの収入は“ウンコ”が支えていた!?落語「肥辰一代記」考

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写真協力/江東区深川江戸資料館 撮影/荒関修

連載【落語に学ぶ住まいと街(10)】
落語好きの住宅ジャーナリストが、落語に出てくる江戸の暮らしを参考に、これからの住まい選びのヒントを見つけようという連載です。

落語「肥辰(こえたつ)一代記」とは…

かつて「汚穢屋(おわいや)」という職業があった。便所の汚物である肥を汲ませてもらって、農家に肥料として転売する仕組みだ。当然ながら、人気がある職業ではない。ところが、代々「肥辰」を名乗る一家がいて、この一家だけは人気が高かった。
初代肥辰となる「岩返しの辰造」は、江戸城の徳川家康公の前で、大柄杓(ひしゃく)による必勝祈願の御前肥汲みを行い、肥辰という名前を拝領し、大奥の肥を汲むことを許されたという。以降、七代目の肥辰が肥で大火事を消し、十三代目は肥桶を改良したりや肥纏(まとい)を開発したりといった工夫をして、人気を博した。

さて、老舗の生薬屋の跡取りである幸太郎は、子どものころからのウンコ好きが高じて、親から勘当されて十三代目肥辰の門を叩くことになる。肥辰は幸太郎に殺気ならぬ“うん気”を感じて入門を許す。「肥漬け三年、出し八年」というそれは厳しい修行を経て、幸太郎はついに十四代目肥辰を襲名したという、なんとも馬鹿馬鹿しい一席だ。

「肥辰一代記」は圓丈作の新作落語

さて、落語には古典と新作がある。明確な線引きはないようだが、江戸時代から明治時代、大正時代などにつくられたものが古典落語といわれるようで、代々の落語家によって工夫が凝らされ、落語としての完成度が高くなっているものが、今に残っていることが多い。「牡丹灯篭」「芝浜」などの名作を残した三遊亭圓朝は、明治時代の落語家だ。落語=江戸ということではない。
今回の「肥辰一代記」は、実は新作落語。その型破りな新作により、現在新作落語で活躍する春風亭昇太、柳家喬太郎、三遊亭白鳥、林家彦いちなどに多大な影響を与えた、三遊亭圓丈の作品だ。残念ながら私は、本家の圓丈師匠でこの噺を聴いたことがないが、ファンの喬太郎師匠で何度か聴いている。大真面目にウンコを連発し、さわやかでない根性ドラマが展開される爆笑落語となっている。

長屋の大家の収入はいくら?

さて、このシリーズで何回か紹介している「長屋の大家」の仕事。大家は、貸借の手続き、家賃の徴収、家の修理などの長屋の管理員としての業務から、店子と奉行所の間に立って、出産、死亡、婚姻の届け出、関所手形(旅行証明書)の申請交付などの行政のほか、自身番に詰めて治安に当たるなど町役人としての業務までこなしていた。

では、江戸時代の大家の収入は、どんなものだったのだろうか?
まず、長屋のオーナーからもらう給金がある。これは、長屋の所在地や軒数によって額は異なったという。次に、借家人である店子から入るものとして、入居時の礼金に当たる「樽代」、五節句ごとに各戸から集める祝儀金ともいえる「節句銭」などがあったが、それほど大した額ではなかったようだ。
しかし、長屋の管理業以外に余禄や利権があり、そちらのほうが膨大な収入になったという。まず、町役人として手を貸した際に当事者から礼金が入る。裕福な町人がいるほど実入りも多かっただろう。次に注目したいのが、長屋の共同便所の人糞を肥として売った代金。長屋の店子の数が多いほど、肥代も多くなるが、これが大家の収入になったというのだ。

長屋の共同便所は「惣後架(そうこうか)」や「総雪隠(そうせっちん)」と呼ばれていた。写真のように、戸は下半分しかなかったようで、使用中は外から顔が見えた。便所は踏み板を渡しただけの簡単なつくりで、大きな甕(かめ)が埋められていた。この甕は落語「家見舞」にも登場する。その甕に溜まった人糞を江戸近郊の農家がこぞって買い取った。化学肥料のなかった時代には、貴重な作物の肥料となったからだ。大家は農家と年間契約していたので、肥は安定収入となった。

だから、大家は人気の職業だったという。ただし、大家になるには「大家(家主)株」を買う必要があった。株は、安くても20~30両、高ければ200両くらいまでしたという。では、大家の収入はというと、「江戸の用語辞典」によると、大家株100両の場合で、大家の給金で20両、町役人の余得で10両、人糞代で10~20両となり大家の年収は50両程度だという。大家の年収については参考にした資料によって諸説があり、「守貞謾稿」という史料では、大家株100両の場合で、大家の給金で20両、町役人の余得で10両、人糞代で30~40両だったという。

現代の大家の収入は?

現代の大家は、賃貸住宅を所有するオーナーであるが、その収入はといえば、家賃がほとんどを占める。入居時の礼金や更新時の更新料が収入に加わるが、最近ではこういった謝礼金のような金銭を必要としない賃貸住宅も多くなっている。敷金は預り金なので、収入にはならない。
一方で、支出は広範囲にわたる。賃貸住宅の入居者管理や建物管理を不動産会社に委託した場合は、毎月その委託料が発生する。所有している賃貸住宅の固定資産税などの税金を納める必要がある。火災保険などの保険もかける必要がある。適宜、室内の設備のメンテナンス費用がかかるし、賃借人が退去したときには部屋のクリーニング費用やリフォーム費用がかかる。入居者を不動産会社に仲介してもらった場合、仲介料を払う場合もある。
こう考えていくと、現代の大家業は、賃貸住宅という不動産を所有してはいるものの、支出も相当な額になるので、利益を出すのは簡単ではない。江戸時代の大家のほうが、ずっと実入りは多かったようだ。

参考資料
「新作落語傑作読本(1)」落語ファン倶楽部編/白夜書房
「落語うんちく事典」湯川博士著/河出書房新社
「落語ハンドブック改訂版」三省堂
「江戸の用語辞典」江戸人文研究会編著/廣済堂出版
江東区深川江戸資料館 
HP:http://www.kcf.or.jp/fukagawa/index.html
https://suumo.jp/journal/wp/wp-content/uploads/2015/05/dc8bf0c1134dae340e61cda16d35e4fa.jpg
連載 江戸の知恵に学ぶ街と暮らし 落語・歌舞伎好きの住宅ジャーナリストが、江戸時代の知恵を参考に、現代の街や暮らしについて考えようという連載です。
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