連載【落語に学ぶ住まいと街(20)】
落語好きの住宅ジャーナリストが、落語に出てくる江戸の暮らしを参考に、これからの住まい選びのヒントを見つけようという連載です。
富士山が世界遺産に決まった。うれしい限りだ。
さて、日本人から愛される富士山は、昔から信仰の対象として、山頂にある富士権現(ごんげん)社へお参りが盛んに行われた。一方、富士登山は、レジャー(行楽)の対象でもあった。落語「富士詣り」によると……
長屋の連中が日ごろの煩悩を清めようと、富士詣りに出かけた。口は達者でも脚力はからっきしという長屋の連中のことなので、すぐに休みたいと言い出す始末。だましだまし歩き続けたものの、天気が怪しくなってきた。
富士詣りの先達(参詣旅行のリーダー)は、身を清めて登山を始めたけれど、その前に悪いことをした者がいるから、天気が荒れるのだと言う。さらに、この中に五戒を破った者がいると、天狗が現れて股を裂いたりして罰せられると脅かす。
五戒とは、仏教で信者が守るべき五つの戒めのことで、不殺生(せっしょう)・不偸盗(ちゅうとう)・不邪淫(じゃいん)・不妄語(もうご)・不飲酒(おんじゅ)の五つ。生き物を殺す、他人のものを盗む、不倫をする、嘘をつく、酒を飲む、の五つを禁じたもの。
慌てたのは長屋の連中。懺悔をすれば助かると言われ、過去の悪事を次々に話し始める。その中に、不倫をしたという男がいた。「いったい、どこのかみさんだい?」と先達に問われ、「へぇ、先達さんの」。
レジャーの少ない江戸時代には、旅行が庶民に大流行した。したがって、落語にも旅の噺が多い。「富士詣り」もその一つ。当時の旅行は、「富士詣り」のように信心を目的としたものが多い。信心目的でないと、旅行の許可である「通行手形」が下りなかったからだ。
「講」という、旅行のためのシステムもできていた。近所の者同士や同職の者同士でグループをつくり、お金を出して積み立てて、毎年何名かが順番に参詣に行くのだ。講とは、もともとは僧侶の仏教集会のことだったが、転じて、仏事や神事を行うための宗教的な親睦団体のことを言うようになった。富士詣りのために結ばれた講は「富士講」と呼ばれ、江戸時代には盛んに結成された。
富士詣りは、信仰が第一目的なので、白装束で金剛杖をつき、鈴を振り六根清浄(ろっこんしょうじょう)を唱えながら登拝したという。女性は入山できなかったので、富士講は男性で構成されることになる。したがって、途中の行程で酒宴が催されるなど、レジャーの楽しみもあったのだろう。
富士山に登れない女性や子ども、お年寄りたちにも、ご利益を受けさせようと、江戸各所に富士山をかたどった人工の塚「富士塚」がつくられた。富士山の山開きの日には、この塚にのぼって経文を唱え、宴を催したので、富士詣り同様ににぎわったという。
今も残る富士塚としては、鳩森八幡神社(渋谷区千駄ヶ谷)、駒込富士神社(文京区本駒込)、小野照崎神社(台東区下谷)などがある。
さて、富士詣りでは、富士山に登拝するだけでなく、富士五湖や忍野八海などの霊場や巡礼地を回り、巡礼や修行を行ったので、これらの一体が世界遺産として登録される対象となっている。豊かな自然だけでなく、こうした文化も大切に継承していきたいものだ。