住人との関係が近く、低コストで利便性も高いことが多いシェアハウス。都会では確実に暮らし方のひとつとして定着してきているようだ。しかし、そもそも近隣の人との関係が近く家賃も安い地方では、シェアハウスというもの自体が成立しうるのか……。福岡県春日市で2年目を迎えるシェアハウス「あまつ風」を訪ねてみた。
テレビ番組などの影響もあり認知度は広がっているものの、首都圏に比べ、断然数が少ないのが福岡でのシェアハウス。とりわけ、東京に比べ賃料の安い福岡では、家賃が安いというだけではシェアハウスが成立しづらいというのが実態だろう。そのため数少ないシェアハウスも、「猫好きが集まる」や「町づくりに興味がある」といったコンセプト型が一般的となっている。
一方で、地方ならではの流れとして定着していきそうなのが、郊外型のシェアハウスだ。中心部と郊外の距離が近いというメリットを活かし「豊かな暮らし」を楽しむスタイルがじわじわと人気を集めている。今回、取材に訪れたあまつ風も、福岡のベッドタウンとして人気の春日市に立地する郊外型シェアハウスの先駆者的存在だ。
郊外の新築、庭付き一戸建て。そんな理想のマイホーム的な肩書きをもつあまつ風。福岡ではまだ珍しいシェアハウスの中でも、新築で一戸建ては希少。さらに、住人も管理者も若い人が中心となっているシェアハウスが多いなか、あまつ風のオーナー黒岩さんは、これまで特に不動産経験をしたこともない普通の主婦だ。
もちろん、ご自身も最近までシェアハウスという存在を知らなかったそう。土地活用で、賃貸住宅を建てることになったとき、折角なら自宅のすぐそばなので「住人とのコミュニケーションがとれる賃貸をつくりたい」とぼんやり考えていたそうだ。
そんなときに、偶然シェアハウスを専門に扱う不動産サイトの「ひつじ不動産」のニュースを見て「これだ!」と思い一念発起。福岡では前例が少ないため、わざわざ東京までシェアハウスとは何ぞやを学びに通い、試行錯誤の上、建物から完成させた。
しかし、福岡ではまだまだ認知度が低いシェアハウス。最初の半年は、「生みの苦しみ」で入居者を迎えることはできなかった。無事に入居があった後も、暮らし方やルールの問題に直面しトライ&エラーを繰り返す。
シェアハウスといえば同じ趣味や嗜好、考え方をもつ人たちが集うことが多いもの。もちろん、そんな期待を抱いて入居する人もいる。しかし、オーナーの黒岩さんは、ライフスタイルまでシェアするというスタイルには「しっくりこなかった」そう。そこで、きちんとパブリックスペースや付き合い方などの線引きやルールを整えて、誰もが住みやすい大人のシェアスタイルを確立してきた。今では、全室が満室で、住人同士の関係もいたって良好。転勤や卒業となっても、噂を聞きつけすぐに次の住人を迎え入れることができている。シェアハウスの好事例として、各地からの視察も絶えないそうだ。
あまつ風といえば、郊外ならではの立地を活かした広さと住空間のゆとりも魅力のひとつだ。共用部分となる大型キッチンにはIHとガスコンロの両方が設置され、各住人の食材が置けるような棚も設置されている。お風呂は、大型の浴槽を備えた浴室以外に、シャワースペースも別途2つ用意されている。一人暮らしの住居と比べ、格別家賃が安いわけではないが、これだけの広いリビングで大型テレビを見られるゆとりはかなりのメリットとなっているようだ。
さらに、住人の満足度を高めている要素のひとつに、オーナー住居との間に広がる大きな庭がある。すぐ隣には公園もあって、ちょっとした庭園のような風景。駐車場スペースも確保されている。季節の花が咲き誇る庭では、定期的にBBQなども開催。住人だけでなく近所の老人や友人たちも参加して、楽しい時間がくりひろげられている。
実は、郊外といってもあまつ風のある春日から福岡の中心部までは電車で30分程度のアクセス。首都圏から福岡へ転勤で来た住人は、「電車一本で職場に通え、通勤時間が短縮できた」と利便性を実感しているよう。また、オーストリアから来た住人は、「自然が大好きだから、すぐそばに自然があるのが何よりうれしい」と環境を気に入っているようだ。
あまつ風の魅力は?という質問に、住人が口をそろえて語るのがオーナーの存在だ。あまつ風は、いわば「大家付きシェアハウスなんですよ」とも語る。別邸に住んでいることもあり毎日顔を会わせることはないが、困ったときには相談にのってくれたり、寂しいときに一緒に笑ってくれたりする存在。もちろん、こうした関係を築くにはオーナー黒岩さんの試行錯誤があってこそ。
そして、この関係性が、あまつ風の運営をよりよいものにしているようだ。楽しい暮らしが広がる一方で、住人同士の距離感の取り方が難しいシェアハウス。一般的な賃貸物件よりも”大家さん”が近くにいることによって、住人同士の仲もスムーズにいっているところが大きいようだ。ドライでもなく、ウエットすぎない、絶妙な距離感が地方でのシェアハウス定着のカギになるのだろうか。