• 本当に「残業代ゼロ」だけなのか? 産業競争力会議「新たな働き方」提案を読んでみた

    政府の産業競争力会議が提案した「個人と企業の成長のための新たな働き方」が、社員の残業代をゼロにする悪政と激しく批判されている。

    「残業代ゼロ、長時間労働の歯止めなし 抵抗できぬ働き手」(朝日新聞編集委員・沢路毅彦氏
    「労働者の健康と生命をむしばみ人間性を破壊して、家庭や地域まで崩壊させる」(しんぶん赤旗
    「結局、今回の政策では一部の企業が一時的に得をするだけで、日本社会全体にとってはマイナスしかないだろう」(NPO法人POSSE代表・今野晴貴氏

    とはいえ、息苦しい労働環境に苦しむ人は現状でも多く、日本経済の行く末に暗雲が立ち込めているのも事実だ。会議のメンバーも、労働者をこれ以上絞り上げても生産性が上がらないことくらい、理解しているだろう。

    感情的な批判は「現状維持」しかもたらさない。建設的な意見を述べるためにも、メディアの煽り報道に惑わされず、会議が提案する新しいビジョンを正しく理解すべきではないか。そう考え、24日に公開された提言を自分の目で確認することにした。(ライター:末広馬ノ介)

    感じられた「国力低下に対する危機感」

    22日に会議で提出された資料は、12ページ。サブタイトルには「多様で柔軟性ある労働時間制度・透明性ある雇用関係の実現にむけて」とある。この時点で、工場労働のような画一的な働き方を前提とする人たちとは、相容れないことになる。

    提案は、こう切りだされている。

    「『世界トップレベルの雇用環境』を実現するためには、グローバル化の更なる進展や少子・高齢化、人口減少社会の本格的到来の中で、『働き方改革』に早急に取り組むことが求められている」

    この実現のために目指す状態は、おもに2つ。意欲と能力のある個人の「全員参加」と、ITなど技術革新を踏まえた「労働生産性の向上」だ。

    日本は現在、少子高齢化のただ中にある。提案には書かれていないが、国立社会保障・人口問題研究所の推計(2013年)によると、日本の生産年齢人口(15~64歳)は、2010年に約8200万人だったものが、2030年には約6700万人に減ってしまうことが予想されている。

    生産人口の減少は、GDP(国内総生産)の低下に直結するおそれが高い。「国の成長性は必要ない」「量より質」と主張する層もあるが、経済成長が確保できなければ、個人所得や社会保障、はては外交にまで悪影響がもたらされる。

    GDPの向上には、労働力人口と労働時間、労働生産性のアップが必要だ。ただし、少子化対策には限界があり、これ以上労働時間を増やすこともできない。

    残る対策は、これまで労働市場に出ていなかった女性や高齢者を含む「全員参加」を図り、「労働生産性」を飛躍的に向上させるしかない。そのためにも、正社員サラリーマン以外も想定した、多様で柔軟性ある働き方を許容できる制度にしよう――。提案の背景には、このような危機感が感じられる。

    冒頭に掲げられている「働き過ぎ」対策

    提案書の構成は、「I.『働き過ぎ』防止の総合対策」と「II.個人の意欲と能力を最大限に活用するための新たな労働時間制度」「III.予見可能性の高い紛争解決システムの構築」の3つに分けられている。

    朝日新聞の編集委員は「『働き過ぎ』に歯止めをかける有効な対策はどこにも見当たらない」と批判しているが、働き過ぎの問題は冒頭で検討されている。具体的な対策としては、「法令の主旨を尊重しない企業の取締りの強化」が掲げられている。

    この中には、「(ハローワークの求人には)従業員の定着率や残業時間のデータ開示を要することを検討すべき」「労働基準監督のための人員を強化すべき」ともある。これは労働者にとって歓迎すべき提案だ。

    新たな労働時間制度の項目では、「職務内容(ジョブ・ディスクリプション)の明確化」を前提とし、業務遂行等については「個人の自由度を可能な限り拡大」すべきとされている。

    この部分は、年収1000万円以上の「高収入・ハイパフォーマー型」の社員か、労働時間に上限を設け、かつ労使で合意した「労働時間上限要件型」の社員にのみ導入される。

    さらに労働時間上限要件型は、職務経験が浅い人やクライアントからの受託業務に従事する人など、「労働時間を自己の裁量で管理することが困難な業務に従事する人」は対象外とすると書かれている。この部分を読む限り、ネットで騒がれている「一般社員も残業代ゼロになる」という批判の大半は誤解に基づくようにに思える。

    そもそも批判の中には「給料は時間に対して支払われるべきであり、成果に対するものではない」といった公務員的な労働観を持つ声もあったが、そういう人にとっては自由度や柔軟性など無用の長物なのだろう。

    しかし、こういう流れを歓迎する人もいるだろう。同じ成果をあげているのに、より長時間の残業をした人のほうが報酬が高いことに不公平感を抱き、人件費を適正に配分して欲しいと考える人もいる。新制度は、こうした不満を持っている人が十分に生産性を発揮しても、不利益にならない制度を提唱している。

    さらにこの項では、「在宅勤務やテレワーク」といった働き方を常勤と同等に扱うよう環境整備を行うとある。育児や介護などの制約があり、現状のルールでは十分に働けない人を、もう一度労働市場に戻す効果も考えられる。

    労使双方の「建設的議論」の材料にならないか

    さらに、今回の提案では、「予見可能性の高い紛争解決システムの構築」として、日本の不透明な雇用ルールを透明化し、労働者が不利益を受けた際の解決手段や救済措置を仕組み化するとしている。

    中には不当解雇の際、その人の地位や年齢などに応じて「明解な金銭給付命令を出せるようにする」などの措置も挙がっている。これは欧米などでは広く導入されていて、金額によっては解雇の抑止力にもなりうる。

    以上、駆け足で見てきたが、詳しくは首相官邸ホームページにあがっている資料をご覧いただきたい。今回の提案は単に「残業代ゼロ」というだけでなく、日本人が「新しい働き方」にシフトできるかどうかの分水嶺となるものにも思えた。

    労働者としては変化を嫌って反対するよりも、社会の流れがこのように変わったときに、労働者個人としてどのように価値を高めていくかということを考えていく材料にすべきではないだろうか。

    企業側も「どうせ制度を悪用するんだろう?」と疑心暗鬼になっている労働者の批判を跳ね返すべく、このような新しい働き方を取り込んで会社の業績をアップさせる方法を検討して欲しいものだ。

    建設的な議論が進み、日本人がより自由に働けて、かつ国際競争力を維持できるような制度改革を期待したい。

    あわせてよみたい:朝日新聞「一般社員も残業代ゼロ」の煽り

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