役所によるがんじがらめの規制の背景には、役人の利権や事なかれ主義がある。そのことを明らかにする当連載で今回取り上げるのは、新たに登場した「通信制高校なのに、生徒は学校の近くに住んでいなければならない」という摩訶不思議な“おバカ規制”だ。その背景にある役所の思惑を、政策工房社長の原英史氏が解説する。
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最近、学校教育の世界で不思議な「規制」の動きがある。要するに、政府が通信制高校に対して「教育活動を学校内で完結」することを求めているようなのだ。
言うまでもなく通信制の学校は一定期間のスクーリング(教員と直接対面する実習など)を除けば、原則として学校に通わなくてよいことが特徴だ。「教育活動を学校内で完結」というのは、「通信制」の本質の否定になってしまう。まさかそんなバカなことが……と思われるかもしれないが、こういう話だ。
規制の対象は、構造改革特区において認められている、「株式会社立の通信制高校」だ。その7割が試験を学校外で生徒に受けさせていて、これが「違法な教育活動」にあたるので、「文部科学省が規制に乗り出す方針を固めた」という内容の記事が出た(8月19日付、朝日新聞)。
今一つ意味がよく分からないので、何が「違法」にあたるのか文部科学省と内閣府に問い合わせた。すると、論拠はこういうことだった。
・株式会社立の学校は、特区内に限って認められている。
・したがって特区外で教育活動を行なえば法律違反になる。
・試験は主たる教育活動にあたるから、特区外で生徒に試験を受けさせることは許されない。
ここで、「特区内」というのは、学校の存在する市区町村のことだ。「(生徒の居場所も含めて)教育活動を特区内で完結せよ」というならば、「生徒は全員学校と同じ市区町村内に居住しなければならない」という要件でも課さない限り、すべての教育活動を「学校内で完結せよ」というに等しい。それでは、「通信制」の意味がない。
なぜこんなおバカな規制の動きが出てきたのだろうか?
日本では、一般の株式会社の参入が許されていない領域がいくつかあり、それぞれに特別な法人の制度が定められている。その中に医療分野の医療法人、農業分野の農業法人などと並び、学校分野の学校法人がある。
根拠となるのは、<学校教育法2条>という規定だ。学校を設置できるのは、「国、地方公共団体、学校法人のみ」と規定する。つまり、学校は「国立」「公立」「私立(=学校法人が設置)」のいずれかと決まっているのだ。
これに対し、「株式会社の参入を認めるべきでは」との議論が古くからあった。文部科学省はずっと否定的だったが、小泉内閣のとき、「構造改革特区」の制度が設けられ、その一つとして特区の域内に限っては株式会社立の学校(役所用語では「株立学校」と呼ばれる)が認められることになったのだ。2003年の制度創設以降、小学校から大学院まで各レベルで株立学校が設置されている(今年4月時点では、大学5校、高校21校、小学校1校)。
株式会社が参入するメリットは、旧来の教育関係者の枠を越えて、新たな発想やアイデアが持ち込まれることだ。株式会社の学校設立に対しては「利益本位で、教育の質がおろそかになるのでは」との疑念が呈されることがあるが、株式会社の運営する高級ホテルは、「利益本位で、顧客サービスがおろそか」になっているだろうか。むしろ、利益を得ようとすることこそサービス向上の源泉になるのだ。
ただ、参入が認められたとはいっても、株立学校は学校法人と“差別”され、補助制度や税制優遇の対象にはなっていない。このため、通信制高校など比較的低コストで運営できる領域での参入が大半を占めてきた。
冒頭で触れた、最近のおかしな動きはこうした一連の流れの否定だ。つまり、「株式会社学校特区」という制度を事実上潰し、学校は「国公立か学校法人のみ」という伝統的制度に回帰しようという動きと言ってよいだろう。
小泉内閣当時、この特区の創設を担当した福島伸享衆議院議員(当時は経済産業官僚で、内閣官房構造改革特区推進室に出向)によれば、今回の動きは特区法には根拠のない「役所による不透明な規制の上乗せ」であり、「文部科学省が株式会社設立の学校をなくしたいから」にほかならないと指摘する。さらに「民主党の政治家たちも『政治主導』を忘れて、そんな官僚たちのいいなりになっている状況」だと語った。
※SAPIO2012年10月3・10日号