産業技術総合研究所(産総研) 近接場光応用工学研究センター スーパーレンズテクノロジー研究チーム研究員の栗原一真氏とハウステック(本社東京)は,コーティングなしで撥水性樹脂の表面を親水性に変えられる技術を開発した。ナノ構造体を形成した大面積の金型を使い,そのナノ構造体を樹脂表面に転写成形することで,親水性を付与する。これまでは親水コートなどが必要だったが,新技術ではその工程を省略できるので,親水基材などの低価格化と高機能化を図れるという。

 濡れ性を制御する技術は,自動車のドアミラーや窓用ガラス,液晶テレビ受像機,電極配線,住宅用の外壁など,さまざまな分野で利用されている。従来の技術は,材料の持つ親水特性や撥水特性を利用するものが多く,スプレー塗布やディッピング法などを適用した湿式法,あるいは真空成膜装置などを使った乾式法で有機材料や無機材料を塗布する必要があった。

 しかし,これらの親水材料を塗布する湿式法の場合,塗布工程にコストがかかり,さらに乾式法は,加工に大きなスペースを必要とする。加えて親水材料は,汚れなどによって濡れ性制御の持続時間が短くなるので,光触媒などの技術を追加しない限り,長期にわたって性能を維持できない。こうした背景から,従来の手法に比べて低コストで簡便,かつ長期にわたって濡れ性を維持できる親水化技術が求められていた。

 一方で,ナノ構造体によってレンズに反射防止機能を付与したり,燃料電池の蓄電効率を高めたり,濡れ性を制御したりするデバイスの研究・開発が進んでいる。このうち濡れ性の制御では,ナノ構造体効果によって表面エネルギが変化し,濡れ性を制御できることが知られていた。しかし,ナノ構造体を用いた濡れ性の発現は微小面積に限られた減少だった。大面積のナノ構造体については,それ自体を形成することが難しいため,研究が進んでいなかった。

 産総研は,100 GBから1TB以上の記録容量を持つ次世代の高密度光ディスクの研究・開発を進めている。併せて,その研究成果をほかの産業分野へも展開しており,これまで大面積ナノ構造体の作製技術を応用したナノ加工装置や,同作製技術を利用して大面積の反射防止レンズを作る技術などを開発してきた。そこで今回は,産総研の大面積ナノ構造体金型作製技術とナノ構造体転写技術,さらにハウステックの親水樹脂応用技術と濡れ性の評価技術を融合することで,転写プロセスだけで簡便に作製でき,親水維持性にも優れた,撥水性樹脂の表面に親水性を付与する技術を開発した。

 新技術では,光ディスク製造装置を応用したナノ加工装置で大面積ナノ構造体を持つ金型を作製した後,ナノインプリント法でフィルムにナノ構造体を転写して親水性表面を持つフィルムを作製する(図1)。この技術は,転写プロセスだけで樹脂表面を親水性に変えられるため,ワークの大面積化が可能だ。さらに,加工サイクルが短い。産総研の装置では,1枚当たり20 秒で親水化できる。

図1◎ナノ構造体を転写した親水フィルム(右)と作製プロセス。

 大面積化したナノ構造体を表面に形成したフィルムと平板フィルムに霧を吹きかけたところ,前者はプラスチックフィルムが撥水性のため,吹き付けた霧が水滴になる(図2)。一方,後者では霧が水滴とならず,薄い水の膜を形成する。さらに,ナノ構造体付きフィルムは透明なので,霧を吹き付けた場合も良好な視界を維持できた。
図2◎ナノ構造を転写したフィルムでの濡れ性。「ナノ加工フィルム」と表記された部分では水滴が発生していない。

 この技術は転写プロセスだけでプラスチック基板の親水化を実現するので,ロール形状の金型を作製した場合には,大面積化した親水性フィルムを低コストで生産できる。

 さらに,新技術はナノ構造体を利用するため,従来の親水剤を塗布する方法に比べて耐薬品性や耐はく離性に優れる。産総研によるナノ構造体フィルムの親水持続性の評価では,同フィルムは,親水性を付するほかの与法に比べて長期間にわたって親水性を維持できることが分かった(図3)。親水持続性は,面積40mm2 当たりの水滴の残留面積から求めた。

図3◎各種親水化技術の親水維持性評価の結果。40mm2当たりの水滴の残留面積から親水持続性を求めた。

 ナノ構造体を密に形成すれば,光透過性の高い反射防止機能の付与が可能だ。例えば,パネルに適用した場合,ナノ構造体の反射防止効果によって片面4%の反射光を低減し,光透過性を向上させられる。同時に,ナノ構造体による親水効果によって水滴の発生を防げるため,雨天時でも高い光透過性を保てる(図4)。太陽電池パネルに適用すれば,発電効率の向上も期待できるという。
図4◎ナノ構造体による透過光強度の変化。

 この技術は,フレキシブル・ディスプレイ用の有機材料やカラーフィルター,電極配線などの選択塗布技術,薬剤開発,太陽電池パネルなど,さまざまな応用が可能とみられる。産総研は,多くの産業分野での適用を検討するために,今回開発したナノ構造付きフィルムをサンプルとして提供する予定。今後は,1m2 以上の面積を持つ親水性フィルムを実現するために,ロール・インプリント・プロセスを適用したナノ構造体転写技術を開発し,より一層の大面積化と生産性の向上を図る計画だ。