これからの住まい・暮らし
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小野 有理
2014年4月17日 (木)

建築の仕事が今、変わりつつある。「箱の産業」から「場の産業」へ

「アウトドア」「キャンプ」の要素を取りこみつくられた部屋。住宅はもはや自分の暮らしにあったかたちに創れるもの。古い中古住宅と、したい暮らしを明確にした人をマッチングした結果だ。(画像提供:アートアンドクラフト)
画像提供:アートアンドクラフト

建てるばかりが仕事だと思われてきた「建築」業界。しかし、新設住宅は年々減少し、それにともない建築の仕事も縮小していると思われがちだ。こうした建築の仕事がいま、変わりつつある。未来の建築の可能性を、数多くの事例とともに紹介した書籍が、昨年末出版された。「建築—新しい仕事のかたち 箱の産業から場の産業へ」だ。出版記念の公開意見交換会では、「喫茶店で語るような」(著者の松村秀一さん)リラックスした雰囲気のなか、新しい建築の仕事を担う第一人者が、変わりつつある建築の仕事について語り合った。

建築の仕事が今、変わりつつある。「箱の産業」から「場の産業」へ

2/19に行われた大阪での公開意見交換会。著者の松村さんがモデレータをつとめ、コミュニティデザイナーの山崎亮さん(studio-L)、大阪でリノベーション事業を手がける中谷ノボルさん(アートアンドクラフト)、人の“居方”を研究し建築・都市デザイン学を教える鈴木毅さん(当時:大阪大学大学院准教授。現在:近畿大学建築学部教授)の3人が登壇。会場の京都造形芸術大学大阪サテライトキャンパス大講義室には、100人を超す参加者がつめかけ満員だ。主に、建築系の学生や仕事に携わる人々が、これからの建築の仕事について、耳を傾けた。

建築の仕事が今、変わりつつある。「箱の産業」から「場の産業」へ

【画像1】松村さんから投げかけられる5つの質問に登壇者3人が答える形で会は進んだ。質問は次の5つ。(1)新しい仕事を担う人材の育成方法、(2)開かれたデザインのあり方、(3)業としてのエリアマネジメント、(4)情報拠点としての大学の役割、(5)この分野の国際貢献 (写真撮影/小野 有理)

いきなり「箱」や「場」といってもピンと来ないかもしれない。建築産業は、戦後以降ずっと「良い住宅(住宅以外の建物も)を数多くつくれ」、という要請に、せっせと建物(箱)を建てることで答えてきた。これが「箱の産業」だ。

しかし、人口は減り高齢化が進むいま、つくられた「箱(建築物)」の中には、打ち棄てられるものが出てき始めた。複数の地方では、空室や空き家の増加が喫緊の課題だ。もう、昔のように新しい箱(建築物)をドシドシつくっては壊す時代ではない。それより、打ち棄てられた箱をどう「利用」するのか、を考えることが、これからの建築の現場に求められている。

例えば、空室が目立つ賃貸マンションは、入居者が自由にいじれる内装で復活した。古い社員寮は、共用スタジオ併設の賃貸マンションに生まれ変わり、アーティストの創作の場になっている。廃校の小学校は、スタジオやギャラリー、オープンスペースを備えた一大アート拠点となり多くの大人を集めている。このように、増え続ける空き箱(建築物)の利用を考えること、それが場の産業である。

元来、建築を学んだ人には、建てる際の「この箱をどう利用するか」という視点が備わっている。だからこそ、建築の仕事は「どう利用するか」を重視する場の産業へ移行しやすい。空いてしまった箱(建築物)を、生活の場として改めて利用するとき、建築界の新しい仕事が生まれている。

「場の産業」を担うには、「芯をもったマルチリンガル」たること

では、新しく起こる「場の産業」に、必要な資質とは何か。「ユーザーオリエンティッドを軸に、幅広い視座で仕事に邁進できること」と答えたのは中谷さんだ。中谷さんが営むリノベーション事業は、顧客のニーズにマッチした中古住宅を探す不動産知識や、購入までのフォローをする仲介知識、購入した中古住宅をデザインしなおすデザイン力や設計知識など、幅広い知識が必要とされる。設計図だけを書くのではない、「マルチリンガル」な要素が重要になる。

ただ、何でもマルチに出来るようになれ、という話でもない。場の産業のスタート地点は「不動産(場)」にある。リノベーションで言えば、目の前にある不動産を、どう加工し、どうデザインし再生するか、という一連の流れに則する。この流れを泳ぎ切るには「コアな知識も必要」(中谷さん)で、一つ突き抜けた技能を出発点に、プロとして関わっていくということが重要だ。

ぽっかり空いた空間を、いかに「自分ごと」として捉えられるか

場の産業は、いきいきとした人間らしい暮らしがもてる街や都市づくりを目標とする。その実現には、建築の知見をもたない人や場の住民を積極的に巻き込むことも重要だ。大阪大学大学院で「場づくり」を教える鈴木さんは、「東京R不動産」(http://www.realtokyoestate.co.jp/)の不動産紹介文が面白いと挙げ、「他の不動産サイトのような価格や立地のスペックだけではなく,その物件・場所の魅力を的確な言葉で紹介している」と、建築の専門家だけではない、いろんな分野から人材が集まったハイブリッドな組織だからこそ、場の価値を新しく生み出せるのでは、と指摘した。

従来の「箱の産業」は、どうしても「他人の」建物(家・街)をつくることが中心となる。これでは「供給者−消費者」という向かい合った(対立的な)構造から抜け出すことができない。場の産業は、この向かい合った構造を、関わる皆が手を取り合って未来という同じ方向を見据えるフォーメーションへ、構造ごと変化させる。

だからこそ、建築のプロとして、対象の街や建物に拠点を置きながらも、住民とは付かず離れずの位置で「クールに仕事できる人」(松村さん)が、今後の建築の仕事には必要となる。実際にコミュニティデザインを手がける山崎さんは、「自分たちは住んではいないが、『自分ごと』の意識をもって活動している」と話した。

専門家と素人の境界線が揺らいでいるからこそ、場の可能性は広がってゆく

最後に、最近の住宅のキーワードとして興味深い言葉が挙がった。中谷さんの「民主化」だ。「与えられるものから、自分でつくりたいものをつくるかたちへ住宅業界は変わりつつある。それが民主化」(中谷さん)。DIYやリノベーションはその好例だ。山崎さんも「大きなシステムじゃないと出来ないと思っていたものが、自分たちでできるような時代になってきた」と説明する。

「自分たちで」行うためのインフラも整いつつある。選択肢も昔に比べれば格段に増えた。家の壁を変えたい、床を張り直したいと思えば、インターネットやホームセンターで、好みの色のペンキや床材が簡単に手に入る。多くの旅人と知り合いたい、泊めてあげたいと思えば、ホテルなどの宿泊施設を建てる以外に、airbnb やカウチサーフィンなどで自宅を開放する、という場のつくり方もある。

こうした「自分で場をつくりあげる」可能性は、どんどん広がり新しい仕事を生んでいる。例えば、前述のセルフリノベーションは建設業が素人化し、airbnbは宿泊業が素人化したとも言える。今までの専業体制の壁が崩れ「一億総『素人化』」(松村さん)することで、私たちはどんなことにでも手を出し、自分が心地よい場をつくる世界の参加者となりつつある。

建築×●●で、広がる場の可能性。空間資源の活用の当事者となる

今回の公開意見交換会で感じたのは、建築の世界だけに留まらない「場の産業」の可能性だ。大講義室を満員にするほどの聴衆が、この領域の可能性の大きさを伝えている。登壇者4人の具体的な話は、いずれも、街に出て場をつくることの面白さ、手応えの力強さを感じさせた。建築界だけに任せるのではなく、建築界以外の人間もともに手をとりながら、その場の住人や関係者とともに、可能性を拡大させることに、私自身がいかに参加できるのか。未来を垣間みた興奮の2時間だった。

●『建築—新しい仕事のかたち 箱の産業から場の産業へ』
HP:http://www.shokokusha.co.jp/?p=5785
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