UR都市機構の技術研究所が年に1度、特別公開されている。今年度は、5月18・19日が公開期間で、テーマは「団地の研究所に行ってみよう! ―集合住宅のこれまでとこれから―」だ。
そこで、技術研究所に行って、特別公開の施設を見学してきた。
UR都市機構といえば、今では公的賃貸住宅のイメージが強いが、もともとは戦後の住宅不足解消を目的に、都市部の勤労者向けに団地型の住宅を大量供給していた日本住宅公団が前身だ。安全で快適な住まいや街づくりの歴史は長く、そのための調査研究や技術開発などを技術研究所が行っている。
この技術研究所が年に1回特別公開される(一部の施設は常時公開されている)。期間中は、職員によるガイドツアーや実験・体験イベントなども行われた。
筆者が最もおもしろかったのは、「集合住宅歴史館」だ。戦前の代表的な集合住宅である「同潤会代官山アパート」や昭和30年代の特徴的な団地である「蓮根団地」「晴海高層アパート」「多摩平団地・テラスハウス」の一部が移築復元されている。当時としては、画期的な技術やプランが採用されていて、例えば蓮根団地では初めて食寝分離となるDK(ダイニングキッチン)のプランが採り入れられ、その後の住宅設計に影響を与えたと言われている。
ほかにも、住宅用電気設備(分電盤、コンセント、インターホン等)や機械設備(ガス管、ガスメーター、配水配管等)、水まわり設備(浴槽や洗面器、便器、熱源機等)の変遷が分かる展示物がそろえられている。こうした設備関係は、住宅が完成してしまうと外からは見えない部分に納められているため、どういった技術革新がなされ、いつごろどんなタイプに切り替わっているかを知ることは、築年の古いマンションの設備関係の水準を知るうえで役立つはずだ。
公団住宅のトレンド変遷 (展示資料より筆者が作成)
(1)創生期・開発期(昭和30年~35年)
絶対的な住宅不足という時代背景のもとでスタートした公団住宅の住宅や設備の設計には、当時もっとも新しい設計思想と住まい方の提案が随所に取り入れられた。浴室の設置、台所をDKスタイルにすることもこの時期に採用された。
(2)大量建設期(昭和35年~45年)
高度経済成長を背景に大量供給に重点が置かれ、標準設計による住宅建設が推し進められた。住宅の標準設計は、部品の規格化・量産化を促し、価格の低廉化と部品の均一化を実現した。
(3)都市整備期(昭和45年~55年)
住宅の質の向上に加え、より安全で快適な住空間が求められるようになり、住宅選定に女性の意思が大きく反映され、台所や浴室、洗面所などの水まわり設備の充実が図られた。
(4)新事業展開期(昭和55年~平成2年)
安定したゆとりある住生活の基盤となる良質な住宅ストックの形成に向けて、共有空間の充実、広い住居面積、自然環境になじんだ景観形成がテーマに。また、多様な居住者ニーズに対応するため、フリープラン住宅や個性的なプランなどへの取り組みも。
特別公開期間中でなくても、一部の施設は一般公開されている(事前に申し込みが必要)。環境に配慮した住宅や設備、居住性能に優れた住宅や設備などを知れば、ますます住宅の大切さを感じるようになるだろう。