住まいの雑学
やまくみさん正方形
山本 久美子
2014年10月28日 (火)

江戸時代に生まれた秋の菊ブーム。それに便乗する歌舞伎も登場

「江戸風俗十二ケ月之内 九月 染井造り菊ノ元祖 」楊洲周延(画像/国立国会図書館ウェブサイト)
「江戸風俗十二ケ月之内 九月 染井造り菊ノ元祖 」楊洲周延(画像/国立国会図書館ウェブサイト)

連載【江戸の知恵に学ぶ街と暮らし】
落語・歌舞伎好きの住宅ジャーナリストが、江戸時代の知恵を参考に、現代の街や暮らしについて考えようという連載です。

江戸時代の菊ブームは近郊の農村だった駒込・巣鴨の植木屋によるもの

平成26年9月の歌舞伎座「秀山祭九月大歌舞伎」の幕開きは、「鬼一法眼三略巻(きいちほうげんさんりゃくのまき)」だった。通称「菊畑」と呼ばれるように、幕が開くと観賞用の花壇の菊が立ち並ぶ美しい舞台が現れる。実は、この満開の菊畑の演目は、当時の菊ブームに便乗してつくられたものだ。

旧歴の九月九日は「重陽(ちょうよう)の節句」。菊酒を飲み、菊の花を供えたため「菊の節句」ともいわれる。このように菊は秋に人気の花だったが、その人気に火がついたのは、江戸時代の中期から後期にかけてだという。

当時は近郊の農村だった今の駒込・巣鴨周辺は園芸用植物の生産地で、植木屋が多数あった。江戸時代は園芸ブームで、植木職人は盛んに品種改良を行い、菊の種類もさまざまなものが生まれた。花壇への寄せ植えである「花壇菊」がつくられるようになると、大名から庶民まで菊づくりを楽しむようになり、菊人気にあやかった先の歌舞伎も誕生した。

一本の台木に百種類の菊をつなぎ、同時に花を咲かせる「百種接分菊」の技術や多数の菊を集めて富士山や象などさまざまな形に似せてつくる技巧を凝らした「形づくり」の技術が登場すると、派手なものが好きな江戸っ子の熱狂的な支持を受け、こうした「菊細工」をひとめ見ようと駒込・巣鴨の植木屋に大勢が集まるようになった。

菊ブームはその後、流行り廃りを繰り返し、明治時代においても千駄木の団子坂の菊人形が人気を集めるなどした。現代でも各地で「菊まつり」が開催され、われわれの目を楽しませてくれる。

【画像】「百種接分菊」一勇斎国芳(画像/国立国会図書館ウェブサイト)

【画像】「百種接分菊」一勇斎国芳(画像/国立国会図書館ウェブサイト)

歌舞伎「鬼一法眼三略巻(菊畑)」とは?

歌舞伎「鬼一法眼三略巻」は、判官贔屓(ほうがんびいき)の日本人が大好きな「源義経」が題材。弁慶の生い立ちから京都の五条橋で牛若丸と弁慶が主従の絆を結ぶまでを脚色した全五段の作品。そのうちの三段目が通称「菊畑」で、単独で上演されることが多い。

舞台は、平清盛に仕える軍事指南役の吉岡鬼一の館。吉岡鬼一法眼(法眼は僧位の呼称)が所持する兵法の秘書「三略の巻」を手に入れようと、牛若丸が虎蔵と名を変えて奉公人として館に入り込む。牛若丸に仕える鬼一の末弟、鬼三太(きさんだ)も智恵内(ちえない)と名を変えて牛若丸に従っている。

館の庭園には、咲き競わせた色とりどりの菊が咲き乱れている。鬼一は、そうした花壇の菊を眺めにやって来て、智恵内に出会う。そこへ、鬼一の娘、皆鶴姫(みなづるひめ)に同行していたはずの虎蔵が戻ってくる。虎蔵の失策をとがめた鬼一は、智恵内に虎蔵を杖で打つように命じる。しかし、主従の関係にある智恵内は虎蔵を打つことができない。虎蔵が実は牛若丸だと見抜いていた鬼一は、それを見て確信する。

虎蔵に思いを寄せる皆鶴姫が戻ってきてとりなしをするが、さらに平清盛の命を受けた笠原湛海が難題をふっかけてくるので、鬼一は湛海と皆鶴姫を座敷にやり、虎蔵と智恵内に館から出ていくように命じる。やむなく二人が「三略の巻」を奪おうと相談するところへ、皆鶴姫が現れて盗み出す手引きをすることになる。

上演されるのはここまでだが、実はその続きがある。
元は源氏に仕えていた鬼一は、源氏に大将としての器を備えた人物が現れたら「三略の巻」を渡すよう亡父に遺言されていた。今は平家に仕える身なので、大義名分として皆鶴姫に譲り渡し、その婿への引き出という形をとって牛若丸に渡す。かつては鞍馬山の天狗として牛若丸に武術を伝授したのは自分であると鬼一は語り、源氏の再興を願って切腹するのだ。

今は伝統芸能の歌舞伎だが、江戸時代は旬な話題を取り入れた庶民の芸能だった。人気のある源義経の伝説などを巧みに取り入れ、当時大ブームとなった菊畑を舞台にしつらえるとともに、鬼一が登場するシーンでは鬼一のセリフや義太夫にさまざまな菊の名前が読み込まれるなどの工夫がされている。

現代でも、湯島天神や亀戸天神で菊まつりが開催されるなど、各地でさまざまな菊を見ることができる。鬼一のように菊を愛でに出かけてはどうだろう。

参考資料:
豊島区ホームページ「駒込・巣鴨の園芸」
https://www.city.toshima.lg.jp/bunka/shiryokan/josetsuten/005868.html
「浮世絵で読む、江戸の四季とならわし」赤坂治績著/NHK出版新書
「お江戸でござる」杉浦日向子監修/新潮社
「江戸の暮らしの春夏秋冬」歴史の謎を探る会編/河出書房新社
「歌舞伎ハンドブック改訂版」藤田洋編/三省堂
「秀山祭九月大歌舞伎」筋書/歌舞伎座
前の記事 みんなで楽しもう! ハロウィンパーティーのおすすめレシピ
次の記事 世界遺産候補へ! 注目を集める「長崎の教会群」とは?
SUUMOで住まいを探してみよう