日本一を9年間守り続けた読売巨人軍のV9時代、今でも伝説として語られる正捕手は森昌彦(現・祇晶)だ。しかしV9を達成した1973年には、森の出場試合数を二番手捕手だった吉田孝司氏が上回り「森の牙城を崩した唯一の選手」といわれた。その吉田氏が、V9を成し遂げ野球の神様と呼ばれた川上哲治監督の選手管理術を振り返る。
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川上さんからはよく叱られました。一軍に定着し始めた頃、マスクをかぶる度に、何かにつけてベンチで「ヨシ!」と怒られた。
川上さんに呼ばれて横に座らされると、大きな声で怒鳴られるんです。
「何であそこで真っ直ぐを放らせるんだ!」
それは大きな声でしたよ、わざわざ横に座る意味がないくらい(笑い)。でもこの真意は、後に川上さん本人から聞かされました。僕よりもピッチャーに聞こえるように怒っていたんです。川上さんが監督を辞められることが決まった後、試合前にバッティングケージの後ろに立っている僕のところに川上さんがやってきて、こういわれました。
「ヨシ、お前にはよく怒ったな。でもオレは全部分かっているんだ。お前を叱ったが、試合中にはピッチャーを怒れないんだ。分かってくれよな」
あの時は、ただ「ハイ」と答えただけでしたが、さすがにジーンときましたね。こっちは怒られて当然と思っていたのに、川上さんはそんな僕のことを気遣ってくれていたんですから。
※週刊ポスト2014年11月14日号