住まいの雑学
連載江戸の知恵に学ぶ街と暮らし
やまくみさん正方形
山本 久美子
2012年6月21日 (木)

落語「粗忽の釘」に見る裏長屋、実はシェアハウス?

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写真協力/江東区深川江戸資料館 撮影/荒関修

連載【落語に学ぶ住まいと街(4)】
落語好きの住宅ジャーナリストが、落語に出てくる江戸の暮らしを参考に、これからの住まい選びのヒントを見つけようという連載です。

落語「粗忽の釘」とは?

落語「粗忽の釘」に見る裏長屋、実はシェアハウス?

箒は室内に釘を打って掛ける

粗忽(そこつ)ものの大工の八つぁんは、引越し先の長屋の場所が分からなくて迷子に。ようやくたどり着いた新居で待ちかねたおかみさんは、とりあえず箒(ほうき)を掛ける釘を打ってくれと頼む。釘を打つのは朝飯前だが、煙草を吸う余裕もくれないおかみさんにムッとして、腹立ちまぎれに瓦(かわら)釘の長いのを壁に打ち込んでしまった。釘先が隣家に出ているはずとおかみさんに言われて、隣家に謝りに行く八つぁんだが、行ってしまったのは隣家ではなく、路地を隔てた真向かいの家。いくら長い釘でも、さすがにここまでは届かないと気づいた八つぁん。おかみさんに「落ち着けば一人前」と言われ、ようやく隣家を訪ねたのだが、落ち着こうと煙草を一服やっている間に要件を忘れる始末。ようやく釘のことを思い出して確認したら、隣家の仏壇の中の阿弥陀様に釘が突き出ていてビックリ…

落語「粗忽の釘」に見る裏長屋、実はシェアハウス?

隣家からの釘が仏壇に届いてビックリ!

裏長屋は路地沿いの集合住宅

江戸の庶民が住む裏長屋は、「裏店(うらだな)」ともいうことを前回(落語「たらちね」の裏長屋はワンルームマンション?)で説明したが、人通りの多い表通りに面した長屋は「表長屋」や「表店」といわれ、小商いの店舗兼住宅などが並ぶ。表店3~5軒ごとに表通りをそれぞれつなぐ細い路地があり、路地に沿って裏長屋が建つ。この路地は奥の表通りに抜けられる「抜け裏」もあったが、奥が突き当たりの抜けられない路地が多かったという。なお、店とは今の店舗のことではなく、借家のことをいう。

粗忽の釘の八つぁんは、壁に瓦釘(屋根瓦がすべり落ちるのを防ぐために打つ釘)の長いもの、落語家によって八寸とか一尺もあるという言い方をしているので、24~30cmもあるような長い釘を壁に打ち込んでしまったことになる。棟続きの長屋は壁も薄いので、隣家に釘先が出るわけだ。
裏長屋の住まいが、ワンルームであることは前回説明したが、水場である井戸、雪隠(せっちん)または総後架(そうごうか)と呼ばれる便所、ゴミ箱などは共同で使用した。また、路地の真ん中には板で蓋をしたどぶ(排水溝)が通っていた。路地の幅はたかだか3~4尺、1m程度というから、今の住宅の廊下幅並みの距離なので、さすがに向かいの家までは長い釘も届かない。

ちなみに、この落語のサゲは、私がよく聴く柳家喬太郎師匠では「毎日あそこまで、箒を掛けに来なけりゃならねぇ」ですが、立川志の輔師匠監修の「古典落語100席」では、「お宅じゃここへ箒を掛けますか」となっており、元の噺の上方「宿替え」では、さらに続いて前の家に親を忘れてきたことを思い出し、「親ぐらいどうともおまへん。酒飲んだら我を忘れます」というサゲになるそうだ。

■裏長屋の配置例
落語「粗忽の釘」に見る裏長屋、実はシェアハウス?

裏長屋は実はシェアハウスだった

狭い住まいでプライバシーはないし、気を使いながら共同の井戸や便所を使用するなど、現代人には暮らしづらそうに見えるかもしれない。しかし江戸時代は、長屋の連帯意識が強かった。井戸では、洗面から食事の支度、洗濯などをするので、おかみさんたちの社交の場だった。また、落語によく出てくる町内の床屋や湯屋は、男たちが集まって情報交換をする社交の場だった。
つまり、家事をしたりくつろいだりする場は、住まいの中でなく屋外や町内の共同施設にあったので、住まいは作業をしたり寝たりする居室でよかったのだ。したがって長屋は、簡素な集合住宅というより、現代のシェアハウスに近い住居形態といってよいだろう。一定のルールを設け、互いを尊重しながら連帯し合って生活をする居住空間、それが江戸時代の長屋だったのだ

参考資料
「落語ハンドブック改訂版」三省堂
「江戸の用語辞典」江戸人文研究会編著/廣済堂出版
「見取り図で読み解く江戸の暮らし」中江克己著/青春出版社
江東区深川江戸資料館
HP:http://www.kcf.or.jp/fukagawa/index.html
https://suumo.jp/journal/wp/wp-content/uploads/2015/05/dc8bf0c1134dae340e61cda16d35e4fa.jpg
連載 江戸の知恵に学ぶ街と暮らし 落語・歌舞伎好きの住宅ジャーナリストが、江戸時代の知恵を参考に、現代の街や暮らしについて考えようという連載です。
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