東京から大阪へ引っ越し、関東と関西の食文化の違いを感じつつ日々暮らしているのだが、こと「うなぎ」については大きな文化の違いがあると聞いている。
“聞いている”というのは、恥ずかしながら貧乏暮らしでなかなかうなぎを食べる機会がないからなのだが、関西ではうなぎと一緒に食べるご飯を「まむし丼」と呼ぶそうで、知らずに「まむし」と聞いた人はヘビの「マムシ」と勘違いして面食らうという。
「まむし」の語源には諸説あり、うなぎをご飯の下に敷いて蒸すことから「間蒸し(まむし)」と呼ばれるようになったとか、うなぎの上に白飯をまぶすことから「まぶし」が「まむし」へ変化したとか、正確なことは分かっていないそうだ。いずれにせよ、ご飯の下にうなぎを敷くというスタイルを生み出した人は天才であろう。なんとも美味しそうな食べ方である。
また、うなぎを蒲焼にする際に、関東ではうなぎの背を割いて竹串を打って焼き、その後に蒸すのが一般的なのに対して、関西では腹から割いたうなぎに金串を打ち、蒸さずに時間をかけて素焼きしていくという違いがある。
これなんかも「関東では切腹のイメージを避けるために背を割くようになった」とか「商人の町である関西では“腹を割った態度”がよしとされるために腹から割く」とか、なかなかそれっぽい説が存在するのだが、どちらも俗説であるらしい。なんせ日本では石器時代からうなぎが食べられていたというから、長い歴史の中でその時々に様々な意味づけがなされてきたのだろう。
さて、経済的な事情からうなぎに縁遠い生活をしていると書いたのだが、ある日、大阪・日本橋の町を歩いていて「うなぎつり」と書かれた看板に目を奪われた。うなぎ屋さんじゃなく、うなぎ釣り? 店内を見ると数人の大人がみな生けすをのぞき込むようにして立っている。その時は時間が遅かったこともあり、なんか変なお店だ! と思って通り過ぎたのだが、後になって気になって仕方なくなってきた。
そんなわけで、今回は「うなぎつり」という珍しい商売をされている「うなぎつり 大阪屋」を取材してきた!
1本1,000円の釣り竿で、活きのいいうなぎを釣り上げる
さて、大阪の日本橋といえば、通称・オタロードという、アニメやゲームを扱うショップやメイドカフェ、コスプレカフェなどが立ち並ぶ東京の秋葉原に例えられることの多い町である。
そんな一角に突如として「うなぎつり 大阪屋」は現れる。
看板によれば、「一竿1,000円」とのこと。1匹まで釣ることができ、追加200円を支払うと店内で蒲焼にしてくれるらしい。
店内に足を踏み入れると長方形の大きな生けすがあり、うなぎが中でゆらゆら泳いでいる。こうして近くで見てみるとどれもなかなか大きくて手ごわそうだ。
店主の多田保彦さんに改めてお店のシステムを説明してもらった。
それによると、お客さんはまず壁にかけられた手作りの竹竿の中から好きなものを選び、その際に1,000円を支払う。
竿の先にはかぎ針がついており、それでうなぎを引っかけて釣り上げるのだが、無理な力を加えると糸が切れてしまう。糸が切れたらそこで終わり。再挑戦したければもう1,000円支払う必要がある。
糸さえ切れなければ、もし針がうなぎから外れてしまっても何度でも挑戦できる。
店主の多田さんによると、よっぽどの熟練者でない限り、うなぎを釣り上げるためにはかなりの時間をかけてうなぎと駆け引きし、うなぎが泳ぎつかれた頃合いを見計らって引っ張り上げる必要があるという。
釣り上げたうなぎは店内で焼いてもらって食べることもできるし、そのまま持って帰ることもできるというが、どちらかというと「安くうなぎを食べるためにがんばる」というよりは、うなぎ釣りそのものを楽しむ場のようである。
いま幕を開ける、うなぎとの戦い
いざ、釣り竿を購入し、チャレンジしてみることにした。
店主の多田さんから事前に教えていただいたうなぎ釣りのコツ、五箇条は以下の通り。
①小さ目のうなぎの方が釣り上げやすい。まず自分が釣り上げるうなぎを見定め、同じうなぎを狙い続けるように心がける。
②釣りを始めるにあたって竿を生け簀の中に投げ入れ、糸を十分湿らせる。これによって糸の伸縮性が高まり切れにくくなる。
③針をひっかけるのはうなぎのエラの部分がいい。
④針がかかるとうなぎが活発に動くのでその動きに決して逆らわず、一緒に生けすの周りを動きまわりつつ、うなぎが疲れるのを辛抱強く待つ。
⑤うなぎが疲れ果てて動きが鈍くなってきたら、一瞬の間合いで横に滑らせるように生けすの外に引き上げる。
ここまでに初心者なら小1時間はかかるという。予想以上に長い戦いである……。
さて、生けすに糸を垂らしてみると、まず自分が選んだうなぎに針を引っかけるのが結構難しい。
ようやく引っかかったと思いきや激しく動き出すうなぎ! それに合わせて走る!
多田さんはどのお客さんにも絶えずアドバイスをしてくれる。
「あかん! 無理したら切れるよ! 力抜いて!」などと、時に厳しく指導を受けつつじっくり進めていくが……。
ぐっと引っ張られた拍子に糸が切れた。ガーン。
店主・多田さんに見本を見せてもらう
呆然としている筆者を見かねて店主の多田さんが見本を見せてくれた。
スッと目的のうなぎに針をひっかけ、8の字にぐねぐねと糸を引っ張るうなぎの動きに繊細に竿を合わせていく。
腕の動き、腰の動きを柔らかくし、竿をしならせてうなぎと駆け引きし続けること十数分。リズミカルに生けすのふちにうなぎを乗せる要領で引き上げた。
さすがの腕前である。釣り上げたのは228グラムの中程度のサイズのものだという。
店内には、はるばる滋賀県から来たというお客さんもおり、糸が切れるたびに追加で竿を購入し、5,000円ほど使ったところでついにうなぎを釣り上げていた。
端でその様子を見ていると、つくづくこの「うなぎつり」は長い時間をかけてうなぎとの駆け引きを楽しむ遊びであることがわかった。店内にはランキング表が貼られているのだが、月間ランキングの第2位はなんと小学5年生の男の子で、お父さんと一緒にやっているうちにメキメキ上達していったのだとか。
うなぎつり、誠に奥が深い!
関西風の「蒸さない蒲焼」は表面がカリッとして絶品
さて、習練が足らず、釣り上げることをあきらめた筆者は、店主・多田さんの釣ってくれたうなぎを蒲焼にしていただくことにした。ちなみに釣りをせずに蒲焼を食べる場合の料金は2,800円だ。
このお店では串を打たず、網の上で40分ほどかけてタレをつけながら何度も裏返して焼いていく。
うなぎを焼いてくれている多田さんにお話をうかがうと、もともとこの「うなぎつり 大阪屋」は和歌山市雑賀町にある同名のお店ののれん分けで、本店は1949年に開店した創業60年以上になる老舗だという。
釣り好きの多田さんはその本家「大阪屋」の常連客だったのだが、うなぎつりの楽しさにすっかり魅了され、大阪にこのお店を出すことに決めたという。
驚いたことに、多田さんはうなぎ自体は苦手とのこと。
触るのも食べるのも嫌いなんですわ(笑)。ほんま嫌やけど、やらなあかんし……。この場所にお店を出したのも縁あってのことやけど、日本橋に店を出したのは失敗でしたねぇ。若い人はあんまり来ないです(笑)。
こんな正直な物言いの多田さんとのやり取りも、この店に来る楽しみのひとつだと思う。
さて、ついにうなぎが焼き上がった。
ここで多田さんよりうれしいアドバイス。お店ではライスの持ち込みは自由らしく、近所のチェーン系の食堂で白飯を買ってくる方も多いとか。
さっそく筆者も走ってライスを購入してきたのだが、そこにうなぎのタレをたっぷりかけてもらうことができた。
そんなこんなで堂々とした関西風の蒲焼と肝焼き、タレたっぷりご飯という豪華なセットが完成!
まずは肝からいただこう。濃厚な旨みと裏腹に後味はいたってさっぱりしており、新鮮なうなぎならではといった感じ。この一口だけでしばらく元気でいられそうである。
お次はいよいよ蒲焼を。蒸さない関西風ならではの表面のカリッとした感触と香ばしさがたまらない。
内側はふっくらとした食感で、甘めでスッキリしたタレがその風味を絶妙に引き立ててくれる。そしてその美味な蒲焼をタレのかかったご飯と一緒に一気にほうばる極上の喜びよ!
多田さんに釣っていただいたうなぎでこれなのだから、自分で釣ったうなぎであればその美味しさは数十倍にもなるのでないだろうか。今度はきちんと自分の力で頑張ろうと心に誓った。
ぜひみなさんも時間と財布の中身に余裕を持ってチャレンジしてみて欲しい。
お店情報
うなぎつり 大阪屋
電話:06-6632-0044
住所:大阪府大阪市浪速区日本橋西1-5-5
営業時間:14:00~21:00
定休日:月曜日
※金額はすべて消費税込です。
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