今から6年前。校閲記者としての一歩を踏み出したばかりのことです。仕事をしてみて、入社前に想像していたイメージと最も大きく違ったのが「こんなに調べ物をするのか」というものでした。

校閲記者は一つ一つの言葉と向き合いながら、ひたすら文字を読んでいるという印象だったのですが、それに加えて書かれた内容が正しいかどうかを調べることも校閲にとっては大事な作業で、非常に大きなウエートを占めています。

一日の仕事を振り返ってみると、文字を読んでいる時間よりも調べ物でパソコンの画面を見ている時間の方が長かった、なんてこともざらにあります。誤字・脱字がないかや、文章のつながりが変でないかを見る(=校正)だけでなく、固有名詞や事実関係を含め、触れられている情報が正しいかを全て精査する(=閲)のです。実際の記事を使って説明しましょう。

「柔道の全日本女子選手権が22日、世界選手権(9月、バクー)78キロ超級の代表最終選考会を兼ねて横浜文化体育館で行われ、17歳の素根輝(あきら)=福岡・南筑高=が史上初めて、初出場で初優勝を果たした。高校生の優勝は、2004年アテネ五輪78キロ級金メダリストの阿武教子さんが2連覇した1994年以来24年ぶり」という原稿では、以下の太字の部分を全て調べます。

柔道全日本女子選手権22日世界選手権(9月、バクー)78キロ超級代表最終選考会を兼ねて横浜文化体育館で行われ、17歳素根輝(あきら)=福岡・南筑高=史上初めて、初出場初優勝を果たした。高校生の優勝は、2004年アテネ五輪78キロ級金メダリスト阿武教子さんが2連覇した1994年以来24年ぶり

もちろん「78キロ級の代表最終選考会」「アテネ五輪78キロ超級」などとなっていたら一発アウトですが、世界選手権の日時や場所は正しいか、誕生日が来て18歳になっていないかなど、細部まで確認します。中でも厄介なのが「そうでないものが本当にないかを調べること」です。この原稿の場合ですと、「初出場優勝した選手が過去にいないか」「阿武さん以来の優勝者に本当に高校生はいないか」など、書かれた事実を覆す事例はないかまで調べる必要があるのです。


部内用に作成している調べ物サイトの画面の一部

調べ物をする時は、まずは信頼できる情報源にあたります。インターネットで探す際は毎日新聞の過去記事や他社の記事のほか、公式ホームページ(HP)を活用するのですが、欲しい情報が載っていなかったり、原稿と内容が食い違っていてどちらが正解か分からなかったりするケースもあります。そのような場合は別の確かな情報源を参照するのですが、先日は現代らしく(?)、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)をもとにスポーツ面の原稿の誤りを発見できたという事例がありました。

さきほどの例からも分かるように、データの宝庫であるスポーツ記事は調べる内容が多く、さらに原稿量も多いため、常に時間との闘いを強いられます。

その日も締め切りまでの時間が少ない中、社会人野球のJABA岡山大会の記録が間違っていないかを確かめようとJABAの公式HPを見ていました。すると、JFE西日本とツネイシブルーパイレーツの試合で、JFE西日本のイニングスコアが原稿と公式HPで違うという「事件」が。

原稿では「002 01 10」ですが、HPでは「002 01 10」となっています。選手の名前が両者で一致しておらず問い合わせるとJABAの方が間違っていたというケースは経験したことがあるのですが、スコアが合わないというのは初でした。

JABAの方が間違っている可能性もあるなと思いつつ、ギリギリの時間帯だったため出稿部にHPと合わないということを急ぎ伝えました。すると回答は「原稿のままで」。他にもたくさんの原稿が残っているので、とりあえず回答を信じ別の原稿に移ろうとしました。すると隣にいた先輩記者がツイッターで検索を始め「ツイッターに上がった画像を見る限りHPのスコアが正しい」と助け舟を出してくださいました。


ツネイシ野球部(@tsuneishibb)のツイートした写真

先輩が発見したのはツネイシ野球部のアカウントがスコアボードを撮影して上げていた写真。これは動かぬ証拠だということでもう一度出稿部に念押しをすると、原稿の方が間違っていたと分かり、無事直すことができました。

SNSに疎い私は思いつかなかったのですが、ツイッターで画像を検索すると、検索エンジンを使った検索では出てこなかった情報にたどりつけることもあるとのことでした。


ツイッターの検索画面。検索語を入れ「画像」を選ぶ

SNSで誰もが情報を発信できる時代。なるほどツイッターを活用して校閲ができるのかと感銘を受けました。ツイッターは誰もが社会に向けて情報を発信できる便利なツールではありますが、公式アカウントが載せたものならまだしも、匿名の個人のつぶやきではその情報の信ぴょう性が定かではありません。「○○さんがこうつぶやいているから原稿が間違っている」とすることはさすがにできないでしょう。

ただそこに信頼できるソースが加わった場合、大きな武器へと変わります。イニングスコアの件では当該チームのアカウントがスコアボードの写真を載せていたことが決め手になりました。ツイートとともに写真や状況証拠など確かなソースが載っていれば、匿名の個人のつぶやきでも原稿の誤りを立証することができるはずです。

そういえば一国の大統領が自国の政策をツイッターで発表するという光景ももはや見慣れたものとなりました。SNSの情報をもとに犯人を特定できた事件もあります。みなさんが発信してくださった情報を校閲記者が取捨選択しながら原稿の誤りを正していく――。それが当たり前になる未来ももしかしたら近いのかもしれません。

【佐原慶】

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