ベストアンサー
ごく一般的に知られている話が主ですが、地方により変節や風習の違い、まったく 別の起こりから今に至る伝承もあり、それを踏まえて全てに共通する答えは無いと いう前提で、例え話の一つとでも思って下さい。 古来というほどに昔からの日本に馬は居ませんでしたが、大陸との行き来が始まっ てから増えてきました。それでも現在で言えば家一軒と同じほどの価値を持ち、 トラックほどの経常費用が掛かる馬を維持できる土地(集落)は多くありません。 (人の歴史の中で日常的な飢餓から開放されたのは、わずか300年程前から という話ですし。) 馬は大切にされ、時節の折には駒の置物によく見られるように、精一杯着飾って 練り歩きます。小は土着の馬頭観音から上は駒形神社など、神様に仕える者と して扱われてきたこともあります。 長野県の白馬、宮城県の栗駒山、八甲田山など、それらは吉凶や豊穣を占っ たり種蒔き収穫の時期、今年の気候を教える物の一つとされることもあります。 例えば高い山や東北の山には、春先に雪渓のように谷筋に雪が残り、それが 馬の形 『駒形』 に見えるものがあります。慣れていないと、星座表を持たずに 見上げる星の配置がチンプンカンプンなように、それが動物の形をしていることに すら気が付きません。 そうした山やあるいは山自体がご神体とされている場所などでも○○駒ケ岳と 呼ばれたり、『駒ケ岳神社』が存立しています。麓の集落には下社、外宮。 山の中や頂上に上社、内宮本宮などと呼ばれる宮が建っていることがあります。 木曽駒ケ岳や私も登りましたが山梨の甲斐駒ケ岳、会津駒ケ岳など各地に ありますが、幾つか登って分ったことは、いずれも日本の背骨とも言えるような 奥深い所にあり、登るのは現在に至ってもとても大変で、沿岸部の人が多く住む 地域には殆どないということです。 駒ケ岳というのは、その大切さと神と接点を持つ生き物として見られた価値観から 神道の一つになり、それが心の拠り所となるような山に付けられたのではと思います。 さて、ここからは蛇足です。 正月や受験シーズンなど神社で何か願い事をすることがあると思います。その時に 『絵馬』に願い事を書いて納めますよね。 昔、馬は最大にして最高級の贄(にえ)として神様に奉納することがありました。 先に話したように一世一代の献上品です。今なら神頼みに家一軒納めるのと同じ ですから、どれ位その願いが重大だったか察せられます。 社務所で絵馬を頂こうとすると「○○○円になります」というお店風の言い回し ではなく、「○○○円をお納め下さい」と言われますよね。これは本来なら自分で 馬=『駒』を連れて来て献上すべきところを、お金そのものではなく神社が代わりに 絵「馬」を納めてくれているという訳で、本来ならお賽銭ではなく『絵駒』を奉納する のが筋なんでしょうね。
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