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ダイヤモンド・プリンセス号に乗った公衆衛生の専門家 「下船後に発症者が出るのは想定されたこと」

ダイヤモンド・プリンセス号に乗って支援をした公衆衛生の専門家が、船内の対策について答え、「下船後に発症する人が出るのは想定されていたこと」と話しました。

新型コロナウイルス(COVID-19)への集団感染で検疫が続き、2月21日には下船がほぼ終了したダイヤモンド・プリンセス号。

下船後に発症した乗客も複数おり、感染対策に問題がなかったのか、下船後の対応に問題はないのか懸念がある。

厚労省の要請で乗船して支援に当たった国際医療福祉大学の国際医療協力部長で、医学部公衆衛生学教授の和田耕治さんにお話を伺った。

※インタビューは2月23日午後、スカイプ通話で行われ、その時点での情報に基づいている。

防護策は取られていた だが、全ての人で徹底は難しい

ーーいつから、どんな役割で乗船されたのでしょうか?

厚労省から大学に要請があり、2月10日から乗船しました。感染症の教授と看護師と薬剤師でチームを組んで行きました。

ーーウイルスに感染する可能性のあるところと、ないところのゾーニング(区分け)はきちんとなされていたのでしょうか?

船内の感染を抑えるための防護策は現場では行われていました。

ーーそれにも関わらず、乗客もクルーも厚労省や内閣官房の職員もDMAT(災害派遣医療チーム)も感染したのはなぜだと思われますか?

感染予防策を100%に徹底するのは訓練された医療従事者でも難しいです。個人に依存した対策、特に手洗いに関しては徹底が難しい。

一般の人に「こまめな手洗いをしよう」と言っても、朝、職場に来た時に全員が手を洗うかと言えば洗いませんよね。

産業医の感覚だと朝電車に乗って来て会社に着いてすぐに手を洗う人は、10人中数人しかいないのではないかと思います。それでは社内に汚染が広がり得ます。こまめにといってもなかなかしてもらえません。人の行動を変えるのは難しいです。

医療従事者では手洗いが必要な場で10割の実施率を目指しますが、時には徹底できないことがあります。また、手洗いは簡単なようで実はタイミングが難しい。それが徹底されていないと、汚染されて感染するリスクはあります。

今回は医療従事者の中に感染者が出たことは極めて残念なことです。医療従事者の感染リスクはあることが改めて示されたわけで、今患者を受け入れている医療機関での教訓としたいです。

感染拡大はなぜ起きたのか?

ーー2月5日に検疫が始まった後も、感染が起きたことがわかっていますね。

大部分の感染は2月5日以前に起きていたことはわかっています。しかし、その後も、なんらかの状況でウイルスにさらされて感染した人はいると言えます。19日前後でも発症している人がいるのはそのせいだといえます。

ーーそうだとすると、5日から2週間後に陰性の人を降ろすのは、正しい選択だったのでしょうか。

いわゆる法令に基づいた今回の検疫は14日間というのが限界です。それ以上法的な枠の中で留め置くことは難しかったということがあります。

ーー法的にはここまでが限界だということですか?

法的にできることをやったというのがファクトだと思います。

下船後に感染が発覚する人が出るだろうということは、少なくとも公衆衛生の専門家としては想定していました。

検査の感度(陽性者を正しく発見する割合)も100%ではありません。偽陰性の人が下船した可能性はありますが、そうだとしてもウイルス量の少ない無症候性の感染者ですから、他の人に感染させるリスクは低いものと考えます。

感染者がいることを想定していましたから、何か症状が出たら連絡をくださいだとか、外出はできるだけ控えてくださいといったお願いを示した「健康カード」を降りる方全員に渡していました。

こうした方々は船内での教育なども含めて、この感染症について理解されている方が多いので、万が一、そうした症状があればきちんと連絡をいただき、さらに気をつけていただけるものと考えています。

隔離期間、十分か? 濃厚接触者を見分けるのは難しい

ーー下船の前に5日以降に感染した人がいるというのはわかっていました。その感染者の発症日から、追加で2週間隔離、ということは検討されなかったのですか?

同室者が夫婦などで片方が陽性の場合、分けられなかったからずっと一緒にいましたが、その人たちは、追加の措置で下船を遅らせてはいました。

私が聞く限りでは、2月5日あたりまでは、船内でいろんなソーシャル・ギャザリング(社交的な集まり)があって感染を広げていたようです。

5日や6日ぐらいまでは、船内の行き来はかなり減ったとはいえ、少なからずあったようです。感染拡大が明らかになりそれ以降は厳しく制限されたようです。

2月5日に検疫を開始した以降に感染し、その後に発症したと考えられる人が、少ないですが一定数いると考えられます。一人一人の行動を追うことは難しいので、一律な基準でさらに濃厚接触者を区分けすることは困難です。

ーー人数が多いから問診などに手間がかけられないということですか?

接触について記憶のバイアスもあるでしょうし、隔離が長くなるとなれば正直に言ってもらえない可能性もあるので、そんな情報だけを判断してこの人は隔離を続行すべきだとは言えないです。

クルーの感染、クルーから乗客への感染の可能性は?

ーークルーも当初から感染疑いがあるとして隔離すべきだったのではないかという指摘があります。クルーの感染対策についてはどう思われますか?

クルーにも感染者がいました。クルーも含めて熱が出た人は隔離するなどの対応はされていました。医療機関に搬送された人もいます。

ーーその人たちの中にも2月5日以降に感染した人がいますね。

いると考えます。クルーの人たちは、19日以降に14日の間、さらに船内または施設などで隔離するという話もあるようです。現在対応については議論されていると思われます。

ーークルーはまだ解放されていないのですね。

ほぼ全員、船内に残っています。

ーークルーの人たちはサービスを続けていましたね。

サービスを続けないと乗客の生活が成り立たないのでしていました。船会社は熱のあるクルーをきちんと把握して、休ませています。症状のあるクルーが船内を歩いていたということはありません。

ーークルーから乗客に感染した可能性についてはどう思われますか?

全くないわけではないと思います。どの程度あったかはわかりません。うつりやすい感染症であることは間違いないです。食事のトレーの運搬などによる、感染の可能性はゼロではなかったと思いますが、最小限に留めるための現場の努力はなされていたと思います。

乗客の追加隔離の必要性は?

ーー乗客も追加の隔離が必要とはなりませんか?

法的な根拠はないですし、曖昧な情報によって隔離することはできません。もっと長く隔離すべきだという人は何を根拠におっしゃっているのか伺いたいです。

同室者から感染した乗客はいたと考えられます。しかし、クルーなどからどれぐらい乗客に追加で感染したかはわかりません。ゼロではないかもしれませんが、リスクを勘案して、乗客の人権や国内での感染状況を含めて意思決定するしかない。

国内でももうこれだけ広がっているのに、この方々だけをさらに隔離すべきだという根拠があるなら教えていただきたい。

もし国内で全く感染者が出ていなかったとしても、追加の隔離は難しいと思います。その人たちの人権はどうなるんですかと責められたら、防御し切れないでしょうから。

これが300人なら、早めに降ろしてどこかの施設で過ごしてもらうことはできるかもしれません。でも、3000人を超える、しかも多言語、多文化の人たちがいるというのは極めて困難な状況でした。

クルーズ船の中の3つのミッション

クルーズ船の中では三つのミッションが動いていたように思います。

一つ目は、乗客への感染拡大を抑えること。

二つ目は、職員間の感染を抑えること。

三つ目は、19日に検疫が終わるので、速やかに下船してもらうこと。

この三つのミッションをバランス良くやらなければならなかった。だから、なかなか難しかった。

ーー感染拡大を抑えるというミッションを考えると、他にもPPE(感染対策の防護服)を着た人と、背広にサージカルマスク1枚を着けた人が一緒にいる写真が流れたり、ゾーニングがしっかりされていない写真が副大臣によってSNSで投稿されたりしています。改めて感染対策は徹底されていたのでしょうか?

私は英語ができることもあって、船側とのやりとりが結構ありました。クルーズは、ノロウイルスの感染も含めて、色々な感染対策について手順も決めて、よくやっておられました。

一部に我々の考えに合わないところは伝えて、最後は船会社が判断されていました。船のマネジャーも我々が国の委託を受けていることを知っていて、「話したい」と呼べば、10分以内に話す対応をしてくれました。

船内の指揮命令系統はしっかりしている印象があります。食堂では、入り口に人を配置してすべての人に手洗いをさせ、テーブルの消毒などは徹底していました。

船内で感染したなら感染対策は?

ーー感染対策はしっかりしていたけれども、一方で、下船後の発症は想定済みと言われていました。それはどこでどういう風に感染したと見られているのですか?

それは個人によってどういう形でウイルスにさらされたかによるので、なんとも言えません。

ーーもちろん船の中で感染したわけですよね。

それはそう考えるのが妥当です。

ーー翻って、感染対策はきちんとなされていたのかという疑問が生まれます。先生は乗客は室内で感染したのだろうし、もしかしたらクルーからの食事提供の時に感染したかもしれないということですね。それは防ぎようがなかったですか?

同室者からの感染のリスクはあったと思います。クルーからの感染リスクは、同室者からの感染リスクよりもかなり低いと考えます。しかしそれはゼロではない。

両者を並列に並べるのはリスクのバランスの観点からは正しくない。今後、環境におけるウイルスの残存状況なども含めて調査研究は必要です。

ーーさらに、気をつけていただろう医療者や厚労省の職員も感染していました。船内になんらかの感染しやすさがあったのではないですか?

接触感染によって広がりやすい、極めてコントロールが難しい感染症なので広がったことはあると思います。

ーー防ぎようはなかったということでしょうか?

防ぎようはあったと思います。方法はあったけれども、徹底できていなかった一部の事務関係者がいたことが感染につながったのでしょう。事務の人は手洗いの重要性は医療者ほどわかっていなかったことが背景にあると思います。

ーー船内で活動した厚労省職員が検査しないで職場に復帰することに疑問の声も上がりました。

検査したからいいという話ではないです。症状もないのに検査する意義はないのです。世論が検査した方がいいというから、一応するだけの話であって、医学的な意味はあまりないですよね。先に述べたように、検査の精度は100%ではありませんし。

今後、陰性であることの証明を医療機関に求める動きにつながらないようにしてほしいです。

ーー船内で活動した人は、2週間家に留まってもらった方がいいのでしょうか?

クルーズ船以外でも、市中で感染した人の濃厚接触者が、2週間自宅待機となっているという報道を見て、私は今後について非常に心配しています。

感染者は症状があったのか、また周囲はどのくらい接触したのかなどをきちんと評価して、必要な方には2週間の自宅待機の検討をする必要があります。今後も流行が続く可能性があり、バランスの良い対策をしないと働ける人がいなくなる恐れがあるのです。

人不足は否めない 実効力のある日本版CDCを

ーー今回、ダイヤモンド・プリンセス号の問題については情報開示の遅さも問題になりました。乗客の発症の日時を記録して流行状況を示し、感染が広がっているのか抑え込めているのかわかる「エピカーブ(流行曲線)」も、中国に比べ、出てくるのが遅かったと批判されています。

それは専門家の人手不足が原因でしょうね。専門家を集めた独立組織、例えば米国のCDC(疾病管理予防センター)のような組織の必要性は多くの人が切望しています。

しかし、日本版CDCを作ったとしてもどういう役割を持たせるのかということをきちんと決めること、そして最後は人が鍵を握ることになります。指示命令系統のコントロールをしっかりして、有事に「やります」と言える組織がなければならない。

今回の教訓をもとにして、組織のあり方の検討を国に希望します。いうまでもないですが、国立感染症研究所やそのほかの組織も今回は非常に尽力はされています。

今、CDCの創設が議論になっていますが、独立行政法人のように独立させて、それなりに給与を出して、専門家が行きたくなるようなものにしなければなりません。

平時では無駄ではないかと思われるのですが、専門家も普段から切磋琢磨できるような組織にしてほしいです。

エピカーブと検査についてさらに伝えたいことがあります。

船内の人の検査の結果が連日、「陽性者何人」と報道され、「感染者が広がっているにもかかわらず、下船させるのか」と不安になった方もいると思います。エピカーブがもっと早く公表されていれば、その違いについても多くの方に理解をいただき、不安が減少していたと思います。

また、2009年の新型インフルエンザの時代以上に、英語での発信というのも求められるようになってきています。

今回のミッションの課題と教訓

ーーそもそも今回の現場に感染制御の専門チームはいたのですか?

感染制御の専門家はいました。

ーー結果も含めて、感染対策のチームが機能したかどうかについて、先生はどのように評価していますか?

様々な制約の中で出来得る対策が行われていました。もちろん、課題は感じています。

ーー今回のミッションに参加されて、今後の課題や教訓は何だと思われますか?

やはり専門の組織を作るというのが一番の課題です。

専門の部隊がいて、意思決定にも参加して、意思決定に必要な情報を提供する。

それから今回、多言語対応が必要で対応できる人が限られていましたから、多言語対応ができる組織にすることも必要です。

圧倒的に人不足ですし、全国的に多忙な中で、人を剥がして臨時的に送ることも出来ないので、普段から対応できる組織を持ち、対応できる専門家の数を増やすこと、質を高めることも課題です。

感染対策の研修も各組織でやってきましたが、それも引き続き必要だと思います。

最後に、ダイヤモンド・プリンセス号が今後、営業を早期に再開できるようになることを切に願っています。本来、とてもサービスの質が高い船だというのはスタッフとのやりとりでも感じるところが多かったです。

いつか私も休みをいただけるなら乗船したいと考えています。

【和田耕治(わだ・こうじ)】国際医療福祉大学国際医療協力部長、医学部公衆衛生学教授

2000年、産業医科大学卒業。2012年、北里大学医学部公衆衛生学准教授、2013年、国立国際医療研究センター国際医療協力局医師、2017年、JICAチョーライ病院向け管理運営能力強化プロジェクトチーフアドバイザーを経て、2018年より現職。専門は、公衆衛生、産業保健、健康危機管理、感染症、疫学。

新型コロナウイルスの発生と「指定感染症」への指定を受けて、編集に関わった『新型インフルエンザ(A/H1N1)わが国における対応と今後の課題』(中央法規出版)を期間限定で公開している。