かつての日本では「氷屋」が夏の風物詩だった。昭和30年代には全国に1万軒の氷屋が存在し、街中にはリヤカーで氷を売るおじさんがあふれていたという。なお、昭和20年代の「サザエさん」にも氷屋は度々登場する。それだけ生活に身近な存在だったのだろう。
『「サザエさん」に氷屋が度々登場するのは昭和20年代。マスオが天ぷらを揚げているところに氷屋が配達に来たり(昭和25年7月28日)、サザエが氷を買って荒縄にさげて帰る途中、長話をして氷が溶けたり(昭和27年6月28日)』(2006年8月25日 朝日新聞デジタルより引用)
もはや街中にその姿を見ることはないが、氷屋の氷はインターネットで手に入る。しかも、即日配送してくれる。情緒と引き換えに、世の中は便利になった。
というわけで、兵庫県の氷商から取り寄せた氷で、まずはかき氷をつくってみた。
心なしかいつもの氷より美しい。そして、味も最初は違いが分からなかったが、水道水でつくったかき氷と食べ比べてみると明らかにうまい。というか、甘い……気がする。近年の水道水はおいしくなっているというが、氷屋の氷と比べてしまうと明らかな雑味やえぐみが際立ってしまうのだ。
そのおいしさの秘密は「純度」にあるようだ。氷屋がつくる「純氷」は、徹底した濾過により塩素を除去した水道水(または自然水)を用い、工場にて48時間以上かけゆっくりと凍らせるなど、一定の条件のもと製氷されたものを指すという(ちなみに、自然の池などで凍結させた氷を採取するのが、いわゆる「天然氷」)。無味・無臭で飲み物の味を損なわないため、高級ホテルのバーなどでも使われる一級品である。庶民の納涼アイテムだった時代から、ずいぶんと出世したもんだ。
また、余分な空気が入っておらず密度が高いため、溶けにくいのも純氷の特徴だ。大きな固まりを枕元に置けば、漂う冷気が心地良い。見た目にも涼やかでエアコンいらずである。
ちなみに、電気冷蔵庫が普及する以前、食材の保存には氷で中身を冷やす「冷蔵箱」が用いられ、かつての磯野家にもそれは登場する。とはいえ、戦後の一般家庭においては誰もが持てる品でもなかったようなので、冷蔵箱でこれまた当時としては高級品のスイカとか冷やしていたサザエさんたちは、相当にブルジョワジーな一家だったといえるかもしれない。
『氷冷蔵庫に見えるのは魚や牛乳、バター、ビール、磯野家の3大おやつのスイカ……。当時としては豊かな食生活です。井戸水が冷蔵庫代わりの家もまだ多く、磯野家は庶民のあこがれでした』(2006年8月25日 朝日新聞デジタルより引用)
なお、価格だが、筆者が購入した氷商だと4貫目(14kg)で2640円(税込)。涼を得つつ、こんなにも贅沢な気分に浸れるなら安いものだ。純氷のある生活、かなりおすすめですよ。