【閉店】こんな居酒屋ほかにある?イラン人店主によるペルシャ羊肉料理&達者すぎる日本語トーク。新井薬師前駅「おつかれさん」

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バブルがはじけたころだから、今から20年以上前のことだ。東京はイラン人だらけだった。上野公園の階段がすべてイラン人で埋まっている休日の光景を目の当たりにしてあっけにとられたり、渋谷新宿の繁華街でトランプのようにテレカを広げ「にーさん、テレカ安いよ」としつこく声をかけてくる彼らを遮って断るのに難儀したり。そんな経験の数々を今も鮮明に覚えている。

イラン人はビザが必要なかったので、当時、どっと出稼ぎ労働者が押し寄せていたのだ。しかし、それからほどなく、日本ビザの取得要件が強化され、イラン人の日本入国が難しくなると、彼らは数年の間に姿を消した――。

 

うなぎ屋での修行を経て自分の店「おつかれさん」をオープン

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さて、新宿から西武新宿線の各駅停車で3駅乗った新井薬師前駅のそばに「おつかれさん」という名前の店がある。店名や店の外観といい、いかにも下町の居酒屋風だ。

 

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中に入ると、奥へと続くカウンターが。

 

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カウンター上には焼酎が目につく。

 

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ところがいわゆる普通の居酒屋とは、どこかが違う。アラブ風の文字が記された紅茶が置かれていたり。

 

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水パイプといったものが飾り棚に置かれていたり。

 

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いかにもオリエンタル風の絵が描かれた絨毯が壁にかけられていたりする。

 

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「ピスタチオどうぞ」そう言ってお通しの小鉢を出してきたのはこの店の主人。アリーさん。

 

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彼は日本に住み始めて23年のイラン人。大半の同胞が祖国へ帰る中、アリーさんは働いて日本に留まり、この店を開いた。そう、この店「おつかれさん」は、ペルシャ料理を堪能できる異色の居酒屋でもあるのだ。

 

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「日本に来たのは1992年かな。肉体労働とか大手の飲食チェーンにもいたし。その後、うなぎ屋で修行した後、自分の店を持ったの」 とアリーさん。若い頃の写真は、シルベスター・スタローン似のイケメンだが、そのエキゾチックな顔立ちから放たれる日本語は、予想をはるかに超えるほど達者 だ。

 

1kgの野菜を煮詰めた、滋味深いシチュー

では、いったいイラン料理とはどんな食べ物なのだろうか。アリーさんのうんちくに耳を傾けながら、味わってみることに。

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まずはイランでもっともポピュラーなクビデ・カバブという料理を注文。アリーさんが肉とトマトを焼き始めると、とたんに店内には香ばしい肉臭が立ちこめて一気に食欲を刺激してくる。

 

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ジューシーな肉とトマトを焼いたクビデ・カバブ(単品1,500円 ナンorライス付き1,800円)。生タマネギと、これはミント!?

 

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「肉とトマトとハーブと、タマネギをこうやって包んで食べてみて下さい」。アリーさんがカウンターから出てきて、ペラペラの薄いナンを4分の1サイズにして、具を包み、上から塩を振ってくれた。

 

f:id:Meshi2_IB:20150621135141j:plain肉汁のジューシーさとトマトのコク、タマネギの辛み、ミントのさわやかさ。これらが渾然一体となった味わいはもう絶品。「こうすると肉汁が垂れないの。肉はお腹が張るからね。トマトとタマネギは消化を助けるし、ミントはお腹の張りと臭いを抑えるの」とアリーさん。説明がいちいち丁寧かつ的確だ。

 

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ドリンクは通常メニューには載ってない生いちごサワー(600円)を注文。果汁たっぷりの飲み口が甘酸っぱくて飲みやすい。

 

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次に注文したのが、レバーとタマネギ炒め(500円)。「この店のおすすめ料理ですか? 全部ですよ」というアリーさんの言葉に偽りナシ。コクと甘みが利いた逸品だ。

 

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料理につくライスはバスマティ・ライスというもの。「バターは少しだけ。黄色いのはサフラン。軽いし、味もいいでしょ。心臓の血管を広げる効果があるよ」

 

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ドリンク2杯目は生バナナサワー(500円)。甘くて濃厚。

 

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「サワーは飲みやすいけど焼酎が入ってるからね。ついつい飲みすぎて、立って歩けないぐらいべろんべろんになってしまうお客さんもいるよ。飲み過ぎには注意だね」とのアドバイスを受けつつも、すんません、つい美味しそうだったので焼酎の紅茶割り(400円)を。

この焼酎の紅茶割り、通常メニューに載っておらず、見た目はウーロンハイのようだが、こちらのほうが香りはマイルド。飲み口は高級アイスティーという感じである。紅茶の味の良さをアリーさんに伝えると「イラン人っていうのは、紅茶にはめっちゃうるさいんだよ」と満足そうに返してくる。

 

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さて料理3皿目は、セロリと牛肉のスープ「キャラフス」。普段出していない特別メニューである。味は、あっさりして少し塩気を感じる優しい煮物といった印象。夏の料理なのだとか。

 

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そして、コリアンダーやパセリなど7、8種の豆と野菜を煮込んだシチュー「ゴルメ・サブジ」(単品1,200円、ライス付1,500円)。

コトコト煮込んで柔らかくした羊肉を煮込んだ、いかにも中近東の煮込み料理といった感じだ。「1㎏にもなる野菜を乾燥させて使います。野菜を生でそんなに大量に食べるのって難しいじゃないですか」とアリーさんが言うのもうなづける、滋味深い味である。

 

肉LOVER、とくに羊好きにはたまらないペルシャ料理

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いよいよ、メインに肉料理。濃厚なトマトソースで牛肉を煮込んだマヒチェ(単品1,700円、ライス付き2,000円)。

 

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一口大に切ってバスマテイ・ライスと一緒にいただく。スプーンで簡単に割けるぐらい、とろとろに煮込んだ羊肉はほっぺたが落ちそうなほどに美味い。羊好きにはたまらない、迫力満点の料理だ。

 

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「サラダは口直しにどうぞ。料理を変えるごとに食べるといいよ」と言うので、試したらホントに舌がリフレッシュされた。

 

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食後には紅茶(200円)でほっと一息。

 

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イランのデザート、マジュン(600円)。ピスタチオ、クルミ、はちみつ、ローズウォーターがバニラアイスに混じっていて見た目以上に濃厚な味だった。

「イラン人はもてなすのが大好きだから、家に招待するよね。特に日本人は特別。日本とイランはずっと仲良くしてきたし、出稼ぎで日本に行ってた人が4万人もいたそうだからね、日本人だっていうだけでたいていは歓迎されるよ。私もこれまで日本でいろんな人に親切にされてきたしね。だけど最近の日本はアメリカにべったりくっつきすぎてる」

「イラン革命(1978〜1979)の前と後ではだいふ変わったね。革命後、半年で物がなくなり、3年後には服装などの規制が厳しくなったよ。今はね、またかなり緩くなってるよ。テヘランの街中でカップルがいちゃいちゃしてても何も言われないもん」

人生の半分近くを過ごしてきた日本に愛着を持ちつつも、自分の国の文化に誇りを持っているアリーさん。彼の作る珍しくも絶品なペルシャ料理に舌鼓を打ちつつ、日本と西アジアの比較文化論や独特の経験談に耳を傾けてみてはいかがだろうか。

なお、ペルシャ料理コースは2,000円コースと3,000円コースがある(2日前までに要予約)。そればかりか「手羽先の唐揚げ」といった日本の居酒屋メニューもいくつか用意されている。

ただ、くれぐれもサワーの飲み過ぎには注意しよう。

 

お店情報

【閉店】おつかれさん
住所:東京都中野区松が丘1-2-20
電話番号:03-3385-4649
営業時間:月~土曜18:00~深夜1:00 日曜18:00~24:00
定休日:不定休

※このお店は現在閉店しています。
飲食店の掲載情報について。

 

書いた人:西牟田靖

西牟田靖

1970年大阪生まれのノンフィクション・ライター。多すぎる本との付き合い方やそれにまつわる悲喜劇を記した「本で床は抜けるのか」(本の雑誌社)を2015年3月に出版。代表作に「僕の見た大日本帝国」「誰も国境を知らない」など。

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