年金消滅は「素人社会」の宿命 週刊プレイボーイ連載(42)

企業年金運用会社のAIJ投資顧問が2100億円もの預かり資産の大半を消失させていたことが明らかになりました。なかには資金の過半を投資していた基金もあり、このままでは老後の年金がなくなってしまいそうです。

その後の調査によれば、AIJ投資顧問が販売したヘッジファンドは運用開始直後から損失を出しはじめ、それにもかかわらず運用成績を偽装して20%の成功報酬を徴収していたといいます。お金を預けた年金基金からすれば、大損したうえに総額で数百億円もの報酬まで払わされたのですから、泣きっ面に蜂とはこのことです。

今回の事件では、年金基金は被害者でもあり、加害者でもあるという微妙な立場に立たされています。彼らはAIJの嘘にだまされて大金を失ったわけですが、そのお金は他人(年金加入者)から預かったものだったからです。

金融の世界では、年金基金は「機関投資家」という金融の“プロ”であるとされています。彼らは運用の専門家として、年金加入者が毎月こつこつと積み立てた保険料を誠実に運用する義務を負っています。高い職業倫理に加え、プロフェッショナルとしての知識や経験があるからこそ、個人投資家への勧誘が許されないハイリスクのヘッジファンドにも自己責任で投資することが認められているのです。

プロであれば、外部監査も受けておらず、運用の実態もわからないファンドに大切な資金を投じることはありません。AIJの黒い噂は関係者ならみんな知っていた、というのですから、その責任は重大です。

もちろん中小の年金基金にも、同情すべき事情はあります。多くの年金基金は積み立て不足に喘いでいて、運用の利益で赤字を穴埋めしなければ、いずれ基金か母体企業が破綻してしまいます。そもそも、国債さえ買っておけばよかった時代の厚生年金の仕組みが現在までつづいていることが問題なのです。

しかしそれでも、彼らがまんまとだまされたのは、しょせんはひとごとだったからでしょう。被害にあった年金基金は、厚労省や社会保険庁から多数の天下りを受け入れていたといいますから、なにをかいわんやです。

ある基金の担当者は、取材に対し、「(AIJの社長と飲みにいったら)きさくで話題は豊富だったので、信頼した……」と説明しています。厚労省の調査によると、総合型の厚生年金基金の約8割に資産運用の経験のある専門家がいません。しかしこれは、おかしな話ではないでしょうか。

企業年金に加入するサラリーマンは、年金基金が「資産運用のプロ」だからこそ、生命の次に大切な老後の原資を預けています。それがふたを開ければ、天下りばかりいて専門家が一人もいないのでは、AIJではなくこちらのほうが詐欺同然です。

でもこんな話をしても、たぶんだれも驚いたりはしないでしょう。私たち日本人は、福島第一原発事故で、「専門家がじつは素人だった」という光景をいやというほど見せつけられたからです。

AIJ事件でいちばん怖いのは、ひとびとがこの「素人社会」を当たり前のこととして受け入れていることなのかもしれません。

 『週刊プレイボーイ』2012年3月12日発売号
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