国家と財政 石弘光著
学界のリーダーが語る政策の変遷
消費税率が17年ぶりに上がり、わが国の財政は歴史的な転換点に立っている。40年以上にわたり、わが国の財政学界をリードし政策立案において理論的支柱であり続けた著者が、税財政運営とそれを裏付ける財政理論の変遷を率直に語っている。
以前の財政学は、財政現象の制度的・歴史的側面を重視し、科学というより行政術の色彩が濃かった。戦後、これを改め、ミクロ経済学やマクロ経済学などを応用した理論体系を構築し「財政学の経済学化」を進めた。著者は税制、財政政策、社会保障、地方分権などの政策の現場に向け時宜を得た政策を提言した。同時代的に世界の財政学の潮流を形作った著名な財政学者との親交や当時の秘話にも触れられ、親近感が湧く。
景気対策のための財政出動が財政赤字累増の後遺症を生じることを憂い、ケインズ経済学に基づく財政政策を絶えず批判してきた一貫性は、世界各国の財政状況を踏まえた研究に裏付けられている。また、著者は1982年から政府税制調査会の議論に参画し、2000年から6年間にわたり同会長を務めた。わが国の戦後税制の確立に貢献したシャウプ税制改革勧告について、著者はその経緯を詳細に調査する機会を得て、シャウプ博士とも交友を深め、シャウプ勧告を裏付けた租税理論を解明した。その後、高度成長期の累次の税制改正の結果、理論が想定する状況とかけ離れた実態を明らかにする。それは今日の所得税制でも未解決の課題として残されている。
一つは、遺族年金など特定の所得が非課税であり、配偶者控除や給与所得控除、公的年金等控除に代表される所得控除が多いことにより、課税される所得の対象が狭まっていること。そして、利子や配当などが低率の分離課税となり、累進税率が適用されず、高所得者ほど有利になっていることである。後者は、金融所得課税の一体化で部分的に改まったものの、未完である所得税制の改革が消費税率引き上げ後には必要だ。
学問と政策の現場との距離感の保ち方については、本書全編にわたって著者の好人格がうかがえると同時にその緊張感も伝わってくる。実践的な学問をする財政学者は、要請があれば積極的に政策の現場に出て良い政策体系を策定する努力をすべきで、その際には研究者として自分の政策的な立場を堅持して政策を誘導するだけの自信と気概を持つ必要があるとの言は、著者のこれまでの体験に裏付けられた重い言葉である。
(慶応大学教授 土居 丈朗)
[日本経済新聞朝刊2014年4月13日付]