トップは交渉のテーブルについてはいけない

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トップは交渉のテーブルについてはいけない

今回はmedtoolzさんのブログ『medtoolzの本館 』からご寄稿いただきました。

トップは交渉のテーブルについてはいけない

「脱原発代表者と8日面会=野田首相が調整、ネット中継も検討」2012年08月06日『時事ドットコム』
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2012080600821

交渉ごとにおいて、「トップが出る」のは禁忌であって、トップが交渉のテーブルに付いたその時点で、たいていは相手の勝利が確定してしまう。政府の側でどれだけの準備をしようが、これは危ない選択だと思う。

交渉を行う際には、お互いが論の根拠にしている事実が共通していないといけない。「対案のない反対意見」を述べることは正当ではあるかもしれないけれど、「同じ事実に基づいたことなった見解」は対案に等しくて、対案がないその状況は、裏を返せばまだ、事実の共有がなされていない。

相手の訴える道徳にどれだけの正当性が認められたとしても、論の根拠となっている事実が共有できていない段階でトップが交渉の場に出てしまうと、「そこにトップが出向いた」という事実それ自体が、相手の論を正当化してしまう。そうなるともう、一方的な観察に基づいた論理が「政府公認」の正当性を持ってしまうから、収拾がつかなくなってしまう。

異なった事実を元にした、異なった見解をぶつけてくる相手と交渉をする時には、まず真っ先に事実の共有を行わないといけない。

どう見ても健康そうな誰かが病院にやってきて、「私は病気だ。今すぐ手術が必要だ」と訴えた時には、病院ではたいてい、まずは検査を行なって、結果を確認してもらう。結果が全て正常値であったとして、検査が正常であることを根拠に、病院側は「手術の必要はないのではないか」という見解を提出することになる。

「検査が正常だった」という事実を健康そうな誰かが納得してくれれば、議論はたいていそこで終わる。その人が、「その検査はでたらめだ。私を陥れるための陰謀だ」と確認された事実の共有を拒否すれば、そのことを根拠に、今度は交渉を断ることになる。

交渉ごとを受ける際には、まずは事実調査の専門家を名乗る人間を前に出して、お互いの論の根拠になっている事実を確認、共有する手続きを踏むことになる。共有が出来れば「対案ありの議論」を行えばいいし、共有ができないのなら、それがトップを出せない根拠になる。

原発の問題は、その撤廃を求める側と、原発を推進する側とで論の根拠にしている事実が異なっている。事実の共有ができていないこのタイミングで総理が出ると、議論の場からは「事実」と「科学」が排除されてしまう。

たとえ20万人動員できたところで、政府それ自体に比べれば、市民団体の力はゼロに等しい。

政府に比べれば圧倒的に小さく弱い、そうした人たちを相手にするときこそ油断ができない。政府の側が一欠片でも「負けて」しまうと、相手にとってはとんでもなく大きな勝利になってしまう。交渉は絶対に「負けない」タイミングで行う必要があるし、ニュースで報道されたタイミングで本当に総理が出るのなら、これはどれだけの準備をしていても、出た時点で相手の勝利が確定してしまう。

人質交渉を行う際には、交渉は「ネゴシエイター」と「チームリーダー」とがチームを組んで行われることになる。交渉を行う人は判断を禁止され、判断する人は交渉を禁じられる。

どうしてこんな体制を取る必要があるのかといえば「嘘をつかない」ためであって、交渉のテーブルにほんの僅かでも嘘が見えれば、お互いの信頼は壊れてしまう。

交渉担当と判断担当とを分割することで、現場から嘘が排除される。交渉者は「調査する。言い分を必ず上に伝える」ことを、自分の権限において嘘をつかず約束できる。判断を担当する人もまた、「交渉人の話を聞き、他の意見とあわせて自らの見解を語る」ことを約束できる。お互いの立場を別の人間が担当することで、交渉のテーブルから嘘がなくなる。

交渉担当と判断担当が同じ人間になると、相手の言い分を「持ち帰る」選択肢が失われてしまう。リーダーがそこにいる以上、その場で相手が納得する見解を語る必要に迫られる。リーダーにできることは、「交渉の決裂が前提の本音を語る」か、「その場を取り繕うために嘘を言う」ことに限られて、交渉のテーブルに嘘が出現する可能性が高まってしまう。

人質をとった犯人も、原発の撤廃を訴える市民団体にしても、自身の主張に妥協はありえない。総理が出ようが誰が出ようが、それは変わらない。トップに説得されて矛を収める選択肢がそこに存在しない以上、そこに出向いたトップは当然のように追い詰められて、その場を取り繕ったとしたら、それはもう嘘でしかありえない。

ハリウッド映画で交渉人が主役になると、序盤はけっこううまくいく。犯人との話は弾み、信頼も構築され、交渉には妥協の余地が見え隠れする。

物語の中盤、「上院選出馬を考えている地元の警察署長」みたいな人物が交渉のマイクを握り、交渉人をさしおいて、犯人に「私と本当の交渉をしよう」と嘘の条件を持ちかけて、今までの苦労は台無しになる。

主人公はたいてい、電話で所長を怒鳴りつけ、本部の側からは「貴様は現時点で交渉人を解任された」と通達が入る。電話を床にたたきつけた主人公は、悲壮な覚悟で独自行動を決意し、物語は終盤に向かう。

このニュースが本当だとして、今はちょうど、交渉担当の誰かが怒りに打ち震えているタイミングなのだろうと思う。

執筆: この記事はmedtoolzさんのブログ『medtoolzの本館 』からご寄稿いただきました。

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