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(ワクチンじゃなくて)HIV「感染予防薬」としてのツルバダ

2012-05-11 | 毎日いんふぇくしょん(編集部)
米国FDAで、抗HIV薬であるツルバダを「初の予防薬」として認めるという話がニュースになっています。

HIVの予防ワクチンはまだありません

まず、おさらいです。

HIV感染症は、体液や血液で感染するのですが(具体的な行為としては、性行為、流血試合、汚染された医療器具の使用、針刺し事故、母子間、臓器移植など)、

セックスの時はコンドームの使用の啓発(体液が接触する前からの装着が必要)

血液体液を直接触らないことの標準化(スタンダードプリコーション)

安全な医療器具の提供(ディスポーザブル製品の普及、確実な消毒・滅菌システムの普及)

静脈注射薬物使用者への清潔な針と注射器の提供(Needle Exchange Program)

妊婦健診でHIV検査→陽性の場合は抗HIV薬の投与/予定帝王切開

献血や臓器移植前のスクリーニング検査、、、、などが具体的な予防策です。

医療の現場などで、針刺しや曝露事故の場合、抗HIV薬を4週間服用することでそのリスクを下げる方法があり、「Post Exposure Prophylaxis」、略してPEP(ぺっぷ) といいます。

他の曝露後対応には、結核(抗結核薬)、麻疹や水痘(ワクチン、グロブリン)、髄膜炎菌(抗菌薬内服、注射)などがあります。


性行為後に抗HIV薬を投与する場合は、PEPSE(ぺぷしー。SE:Sexual Exposure、です。職務上はOccupational Exposure)


今回話題になっているツルバダの「事前投与」であり、これからHIV曝露リスクがありそうなときに、事前に内服するというものです。

PrEP (ぷれっぷ) Pre-Exposure Prophylaxisです。


つまり、感染リスクがありそうな場合に検討となります。

例えば、相手がHIV陽性とわかっている、コンドームを使用しないセックスが予定されており、その地域ではHIVが一定レベルで流行しており(日本だったら東京や大阪とか)、感染するかも・・・率が高いと予想される状況です。

女性がHIV陽性(男性が陰性)だが、妊娠したいので、コンドームをしてたら妊娠できないから、はずして性交したいというカップルもいます。

(直接触れ合わないで妊娠する方法もあるので医療者はそちらを推奨します。男性が陽性の場合は、精液からウイルスを除去して体外受精する方法が一般的です 参照:厚生労働科学研究 エイズ対策研究事業のHP


英語のメディア記事をみてみましょう。

F.D.A. Advisory Panel Backs Preventive Use of H.I.V. Drug(5月10日 New York Times)
http://www.nytimes.com/2012/05/11/health/policy/fda-panel-weighs-preventive-use-of-hiv-drug.html

注意が必要なのは、「コンドームはもう不要」となったのではなく「コンドームの代わりのもの」ではないことです。より安全にするために予防薬を追加するということです。

"The drug is meant not to replace condoms and other safe-sex measures, but to be used with them for added protection."

「米FDA諮問委、エイズ感染予防薬の認可を勧告」(CNN 5月11日)
"諮問委員会では40人を超える医療関係者や識者、患者が意見を述べたが、その大半が予防薬としてのツルバダ承認に反対した。理由としてはコンドームなどの他の予防手段が顧みられなくなる可能性や、きちんと服薬させる方法が固まっていないこと、副作用への懸念などが挙げられた。"


万人向けではなく、対象がかなり狭いとおもいますが、こうした投与が「承認」「推奨」されるといろいろな誤解につながるリスクは想像できます。

これまでにも、「かえってリスキーな行為につながっていくのではないか?」という批判がありましたし、

「そもそもコンドームを使用しないようなハイリスクな人たちに、何か予防策をとなったら、もうこれくらいしかないのではないか?」という次善策としてしかたあるまいという意見もありました。

「HIVは予防できるかもしれないが他のSTDが拡大するのではないか」という指摘もあります。

ツルバダの内服で感染リスクが下がるというデータの積み重ねがFDAを動かすのだと思いますが、問題はワクチンのように確実に予防できるわけではないことです。

また、どの薬にも作用と副作用はありますので(厳密には副反応)「1日1回1錠」を長期的に服用したらどうなるのかという問題もあります。

副反応が許容されるのは主な効用の方が重視されるからで、感染している人の場合は治療効果ですが、感染していない人がツルバダを服用するのは、HIV感染予防効果を期待してです。


第三者的な批判はいくらでもでてくると思いますが、HIVに感染した場合、放置すれば死に至る病気であることにはかわりなく、予防手段があるなら選択可能にすべきだというのが現場やリアルなところでの意見なのかもしれません。
(薬剤耐性の問題など、専門的な検討ももちろん必要)


日本ではどうでしょう?


低用量ピル認可までにも30年近くかかり、コンドームがやぶけた、コンドームを使えなかった女性が緊急避妊ピルを手にするまでに10年以上かかりました。

現在、レイプされた、あるいはHIV陽性パートナーとの間で抗HIV薬の予防内服が必要になったときに、どの医療機関でも対応できているわけではありません。

自分は関係ないねー的な第三者が「こんなの不要じゃね?」というのと、実際にリスクが生じる当事者の選択肢として提供されるべきなのか。

そもそも、この費用は誰が負担すべきなのか。(1か月分で約10万円)

ヨーロッパではこの事前投与議論はあまりきかないですが、性交後の内服希望者への対応ガイドラインはあります。UK guideline for the use of post-exposure prophylaxis for HIV following sexual exposure (2011)

HIV prevention pill Truvada backed by US experts (BBC 5月11日)
http://www.bbc.co.uk/news/health-18030057


日本では新規感染報告の9割が男性で、そのうちの大多数が男性とセックスをする男性(MSM)です。

この人たちの健康のために、感染拡大予防のために、抗HIV薬の内服の選択肢を提供するのかどうかという話が、今年のエイズ学会とか、ガイドライン研究班の先生たちの間で話題になるのかわかりませんが。

コンドームだけでは不十分という学習は過去の調査研究から明確なので、もしかしたらスペシャルな対応などもあるのかも。
もっとも、医療者がしらんぷりをしたら、違う形で薬が出回るリスクもあります。

米国が認めるに至ったのは、バスハウスでは、コンドームとツルバダがセットで配布されたりするような現状があったりもするからなのかもと思った次第です。

(陰謀さんたちは、製薬会社の在庫セールだ ひゃっほう とかいうかもしれませんが。生命のかかっている話なので、関わっている人たちには「正解がない」しかし「決断を迫られる」深刻な課題)

日本が先に検討すべきことは、同じような認可ではなく、早期の治療が開始になるような制度変更です。
現在は、免疫が下がらないと治療が無料にならず、早くから治療をしたい人たちの費用負担がバリアとなっていることが問題です。
CD4やウイルス量、日常生活障害レベルに関わらず、HIVに感染していたら、医師と相談の上、なるべく早く治療開始にできるような、個人の選択肢の幅を広げるのが先ではないでしょうか。

抗HIV薬を服用後には、他者への感染リスクがさがることもエビデンスとして蓄積されており、他の先進国は、個人の健康のため、そして感染拡大阻止という公衆衛生的な観点と2つのメリットを重視して、この個人の選択の幅を広げる流れにありますので。



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